知られざる闘い

それは、手強い相手だった。


まず、硬い。通常の攻撃ではダメージが通らないようだ。


しかも恐らく二トントラックを上回るほどの巨体でありながら、動きが俊敏だ。


そのどちらかだけならさほど脅威でもないが、攻撃の威力を上げようと<タメ>を作ろうとすると間合いを外され、そいつを上回る速度で攻撃を繰り出そうとすると威力が足りない。


さらには、視覚では捉えられないようにしているので、少しでも意識を逸らすと存在を見失う。


正直、今の状態では、自分に意識を向けさせておくだけで手一杯だった。


これほどの相手はいつ以来か。


もっとも、ただ強いだけならこいつなど比較にならない次元の違う存在にも遭遇したことがある。


夏に、異能を暴走させた少年を追っていた時に出くわしたのがそれだ。


あれはただ遊んでいただけだった。はっきりと人間に敵対する意思は見せていなかった。だから全力で逃げた。自分が逃げたことで人類が滅んだかもしれないが、さりとてあのまま闘っていても勝てる相手ではなかったから、どちらでも結果は同じだっただろう。


幸い、あれは人間を滅ぼすようなことは目的ではなかったらしく、その後も、電気を操る化生が少々騒ぎを起こした以外には、今回のこれと同じく害虫のような化生がそれまでと同じように湧いて出ただけだ。


だから概ね平和だったと言ってもいいだろう。


今回のこれも、そういうものの一匹にすぎない筈だった。


が、街中で出くわすにはとにかく厄介な相手である。


あの、おそらくは神格すら有しているであろう規格外の怪物を相手にした時に会得した、山をも穿つあの力を使えば跡形もなく消し飛ばせるだろう。


しかし、先にも言った通り動きが速く、タメを作っている間に逃げられてしまうに違いない。


またよしんばそのタメを作れたとしても、こんな街中で使ってはどれほどの被害が出るかも分からない。


犠牲を厭わずそれを使って本当に甚大な被害が出るようなことがあれば、今度は自分が<人類に仇なす危険な存在>として狙われることになる。それでは意味がないのだ。


人間の目では捉えられないように認識を阻害しているそれと同じく人間の意識では捉えられないようにして、ビルとビルの間を跳び回りながら何度もその化生と激突した、


<木刀を手にした中年サラリーマン風の男>


は、攻め切れないことに僅かに焦れつつも、あくまで冷静さは失わなかった。


従来の攻撃が通じないのなら、かといって最大威力の攻撃は使えないのなら、今ここで、威力は高めつつも周囲に被害を出さないような攻撃を編み出せばいい。


以前のそれと同じだ。あの時も、咄嗟に力を最大限に収束させて一点突破を図る形を編み出したのだ。


その時と同じことをやってみせればいい。


それだけの話なのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る