加見淵緒琥羅の困惑

同じ小学校出身の後輩とその友人の紫崎麗美阿しざきれみあと偶然合流し、ライブ会場に行く当てができた加見淵緒琥羅かみぶちしょこらは、上機嫌だった。


だがその時、


キィィーッ!! グシャッ! ガシャガシャン!!


という、一瞬でただ事でないと分かる音が耳を打ち、ハッと視線を向けた。


すると、駅のホームからも、道路上にデタラメな向きで止まっている何台もの自動車が見えた。


「事故…!?」


紫崎麗美阿がそう声を上げると、


「うわ~事故だ~!」


「すっごぉ~い!」


と、加見淵緒琥羅と後輩の少女が声を上げた。その声のトーンは、まるでアトラクションでも見てるかのようにややはしゃいでるそれで、いささか不謹慎にも思えるものだっただろう。


だがそんな彼女達の横を、一人の男が通り過ぎた。


まるで<平凡>を絵に描いたような、痩躯の中年サラリーマンだった。


だから、まるで空気のように彼女達の意識には引っかからなかった。


故に、その男が一瞬で姿を消しても、


「?」


ほんの少し、『気のせいかな?』程度にしか気にならなかったのである。


当然、その直後にホームの屋根の一部が、突然、ガギンッ!という音を立てて割れ、ガリガリバリンと崩れ落ちてきても、


「キャーッ!!」


「なになにっ!?」


と悲鳴は上げたものの、一連のそれらが繋がりのある一つの<事件>であることには、まるで気付くことはなかった。


それから少しして、


「ただいま、当駅のホームの屋根が一部破損し落下しました。お客様には大変ご迷惑とご心配をおかけしております。原因につきましては現在調べておりますが、当該ホーム付近におられますお客様は、係員の指示に従い、避難をお願い申し上げます」


とのアナウンスが流れ、駅員が、


「すいません! 直ちにこちらに移動をお願いします。慌てず、落ち着いて行動してください!」


などと声を上げながら、緒琥羅達も移動するように指示してきたのだった。


さらには、


「先ほどの、ホームの屋根が崩落した事故の影響により、現在、電車がストップしております。安全が確認され次第、運転再開の予定ですが、目処は立っておりません」


とアナウンスが流れると、


「うそーっ!?」


緒琥羅は困惑したように声を上げた。


「マジであり得ない!」


後輩の少女も抗議の声を上げる。


「ライブ行けないじゃんん! どうしてくれんの!?」


緒琥羅は憤慨したが、その中で一人、紫崎麗美阿だけは、


『やった、これでライブ行かなくて済むじゃん!』


とほくそ笑んでいたりもした。


などと、その場に居合わせた人間達は様々な思惑を巡らせていたが、誰一人として自分達の頭の上で何が起こっていたのかを理解することはなかったのだった。


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