Media Scrum
面倒なことになったと仏頂面でダイニングのソファーに座った私だったが、どうやら祖母は、まだ冷蔵庫は開けていなかったようだ。さすがにあれを見られてたらもっと騒ぎが大きくなってたかも知れない。不幸中の幸いというものか。
「こよみちゃん。本当に何があったの? 正直に答えて」
私の向かいのソファに座りつつ、祖母が小さい子を諭すような感じでそう訊いてきた。だが、説明して理解出来る訳もなく説明するのも面倒だと思った私は、それには応えなかった。
『少しは黙れ…!』
と、祖母を眠らせた。
ソファーに横になって眠る祖母を睨み付けつつ、
『まったく面倒臭いことになった…』
と思った。とは言えここで以前のようにキレて都市を滅ぼしたりしてもつまらない。実は過去にも何度か今回のように本来の私の意識と力が目覚めてしまったことはあった。その時に腹立ちまぎれに火山を噴火させ、都市を壊滅させたことがあったのだ。
『確かあれは、ポンペイとかいう都市だったか…?』
さすがに、大陸そのものを沈めて文明ごと無かったことにしたり、地球全体を洪水で洗い流すような真似はもうしようとは思わないが、国を一つ滅ぼすくらいのことは、我ながらやりかねないとは思ってる。飽きたからって小惑星を落として恐竜とか言う連中を絶滅させたことも、今から思えば大人気なかった。さらには、地球が出来る前にいた
『我ながら何をやってるんだか…』
そういう、雑で大味な遊び方はもうしない。自らの力を敢えて制限し、状況に流されること自体を楽しむというのが最近のマイブームだ。とは言え、喧嘩を売ってきた相手次第では、手加減などしないがな。
しかし今日のところは、まず冷蔵庫の中の牛肉の塊を始末することにしよう。調理とかも面倒だし生のまま手で引き千切って口に放り込む。昨夜の食べ残しをまず食べきって、野菜室のものも食った。冷凍庫で凍った肉は、シャーベットのような味わいだった。という訳で冷蔵庫は空にして棚も戻したが、先に入ってたものは全部食べてしまったからなあ。空っぽの冷蔵庫というのもいささか思わせぶりではありそうだとはいえ、肉塊が入ってるよりはマシだろう。
人間がいくら調べたところでここで何が起こったかなど分かる筈もない。あとは知らぬ存ぜぬを貫けばまあ何とかなるか。
だが……
『またか……』
私は、カーテンを引いた窓の外に意識を向けていた。この気配はただの人間だが、不法侵入というやつだな。マスコミか。アパート住人の失踪事件と何らかの繋がりがあるとでも睨んだか。
確かに、アパートの住人が失踪したのは、手口から考えてデニャヌス辺りの仕業だと考えるのが妥当だろうが、私のところに現れた奴の仕業だとすると、若干合点がいかぬことがある。まずは大きさだ。アパートの住人全部を食った後だとしたら、いささか小さすぎる。あの倍はあってもおかしくないだろう。まあ、それについては私のところに現れたのとは別の個体の仕業と考えることもできるが。
もう一つは臭いだ。私がアパートの前を通りがかった時、奴の臭いが全くなかった。デニャヌスはとにかく臭い。特に生き物を食う時は更に臭くなる。人間がその臭いをもろにかげば、それだけで発狂するレベルだからな。さすがにそれだけ臭い奴がいたら、残り香くらいは当分ある筈だ。それが全く無い。
デニャヌスと同じように痕跡を全く残さず人間を食うような奴は別に珍しくもない。食ったのではなく連れ去っただけということもありえる。それに、可能性としては決して高くはないが、本当に偶然起こっただけの人間によるただの犯罪という線も否定はできない。
でもまあその辺も、私に関わりのあることならそのうち分かることか。関わりが無ければ私の知ったことではない。私は人間同士の揉め事には基本的に関知しない。
それにしても、窓の外にいるマスコミ、まだ覗いてるな。カーテンの隙間から辛うじて見える程度だろうが、よくやる。私としてはこれから風呂に入るつもりなんだが、一つ、サービスでもしてやろうか?
『…いや、やめておこう…』
一応、服を着たまま脱衣所に行ってから全部脱いだ。照明は必要ないし点けない。水は張ったままだが沸かすのも面倒臭い。ざっと石鹸とシャンプーで体と頭を洗って今日はリンスもして、シャワーで流す。その時、胸に触って気が付いた。
「むう、無意識のうちに少々盛ってしまったかな…?」
どうも1カップくらい大きくなっている感じがする。ま、この時期に胸が成長するのは普通だし別にいいか。
それから湯船に浸かる。いや、沸かしてないから実際にはただの水槽と同じだが。今の私には関係ない。
寛いでいると、今度は風呂場の外に気配を感じた。
『やれやれ…これではただの痴漢ではないか。意味が分からん』
風呂から上がろうとして、私は着替えを持ってきていないことに気が付いた。この場で作っても良いが、それも面倒臭いか。今日は体を拭いて、制服は明日も着るから持って、全裸のまま二階の自分の部屋に戻った。部屋の明かりも点けない。ここなら全裸で寝てても誰にも文句を言われる筋合いもない。
『ああ、そう言えば宿題もあったな…』
普通にやると時間がかかるから、今日は手抜きさせてもらおう。取り出したノートを撫でると、宿題の終わりだ。実際には全ての項目を一度に見て一度に書き込んだだけだが。取り敢えず中学生の身分としては、その辺りは守ろうと思う。
髪は乾かしてから寝るべきだが、もういいか。寝癖になったらその時はその時だ。と言うことで、私は全裸のままベッドに倒れ込み、寝たのであった。
朝、アラームが鳴り響き、私は目を覚ました。鏡を見るとさすがにひどい寝癖だった。一撫でしてそれを直すと、下着を着けて制服を着た。洗ってないが、昨日の夜に作ったばかりの制服だからまあいいだろう。
一階に降りて、ソファーで寝たままだった祖母を起こす。
「え…? いやだ、いつの間に寝てたの?」
焦る祖母に私は、
「昨夜、ソファーに座るなり『疲れた』って言って横になってそのまま寝てたよ」
と、また我ながら白々しい嘘を吐く。
「いやだ、本当?」
さすがにこれまでは疑わないか。
「お祖母ちゃん。もう学校の時間だから私行くね」
両親の話は面倒だから今はそれで逃げさせてもらう。
「こよみちゃん。今日は部活お休みして早く帰ってきて。お願いよ」
玄関までついてきて祖母が言う。はいはいと内心うんざりしながら、「分かった」と応えた。
玄関を開けると、門の前に何人もの人間がいて、一斉に私を見た。
「月城さん、ご両親はどうなさったんですか? 行方不明なんですか?」
マイクやレコーダーを私に突き付け、断りもなく不躾な質問をしてくる。なるほど。これがマスコミというものか。千年ほど前に本来の私に戻った時はまだここまでのはいなかったが、鬱陶しい奴らだ。通学時の女子中学生を相手に何をしているんだろうな。こいつらは。
「この子はこれから学校なんです、やめてください! お話は私が伺いますから」
祖母が出てきて割って入る。その祖母にもマイクやレコーダーが容赦なく向けられる。やれやれだな。取り敢えず祖母が応えるということでそっちに行ってもらって、私は何とか解放された。速足でその場を立ち去り、学校へと向かう。だが、しばらく歩いたところで、男が一人、私に近付いてきた。
『ち…っ、まだ来るか……』
品性とか気遣いとかいうものが見た目からも感じられない、ワイシャツもネクタイもだらしなく崩し、ただ背が高いだけの痩躯の、腹を減らした野犬のような雰囲気の男だった。
「月城こよみさんですね? 私、週刊現実の記者で
菱川和と名乗ったその男は、言葉は丁寧にしてるつもりだろうが、礼節を守るつもりなどないことは丸分かりの態度だった。私が無視すると、カバンの蓋の隙間に名刺を突っ込んできた。
「月城さん、ご両親にいったい何があったんです?」
私と並んで歩きながら訊いてくる男の気配に、私は覚えがあった。昨夜の不法侵入の奴だ。
『面倒な奴に目を付けられたものだな……』
私は心の中で溜息を吐いていたのだった。
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