ナイフ
すごく照れくさくはあったものの同時に何か胸の奥にあたたかいものが呼び起こされる気もした。
冷たく凍えていた心が融かされるような気がしてしまう程度には。
もっともそれは、月城こよみがエヴィヌァホゥァハを食い、その後に和解したからこその余裕があればこそだろうがな。それがなければ、こうして左近瑞優星の誘いにも乗らなかっただろう。
いや、『乗れなかった』と言うべきか。
それを思えば、タイミングの問題でもあっただろうな。それを無意識のうちに察したのであれば大したものだよ、左近瑞優星。
しかし、私は別にそれでもよかったのだが、どうもそれが気にらない奴がいるらしい。
「よお、仲がよろしくて結構だよなあ?」
二人がゲームセンターを出たところでそんな風に声を掛けてきたのは、
こういう奴は疎まれると世間を見ていれば分かるだろうに、なぜわざわざそういう真似をするかね。
確かにこの手の連中は似た者同士でつるむ傾向にあるが、その中でお互いに傷を舐め合うことで承認欲求が満たされるというところか。
やれやれ情けない。
「…赤島出は先に行ってろ……」
ほう? 言うじゃないか、左近瑞優星。ここで女を庇うとは。
だが、それがまた気に入らないようだ。目の前にいる輩は。ギリっと固く暗い感情が奔り抜けるのが見えてしまった。
「女の前だからってなにイキってんだ? おお?」
左近瑞優星に比べてこっちの男の不様さよ。だから赤島出姫織に相手にされなかったというのが理解できんらしい。
さりとて、左近瑞優星にしても、好きな女の前だからといって確かに格好つけすぎだな。ケンカなどロクにしたこともないだろうに。
赤島出姫織の方もそれは察していた。だから、
「無理しないで、左近瑞君……!」
と声を掛けてしまう。
しかしそれがまた気に入らないのだろう。男の顔がカアッと赤くなるのが分かった。
「こんなヒョロガキがいいのかよ! 赤島出ぇっっ!!」
男が叫んだ瞬間、左近瑞に掴みかかろうとした指先がギュウッと変形し、ナイフへと変じるのが見えた。
ゲベルクライヒナだ。
もっとも、普通の人間の目には、男がいつの間にかナイフを取り出してそれを突き付けたようにしか見えなかっただろうがな。脳が勝手にそう変換してしまうのだ。自身が理解可能なように。
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