姉妹茶番
いくら魔法を使えるようになったところで、所詮、素人は素人か。目の前にいる者の力すら推し量れんとはな。
たかが<影>とは言っても、これは私の影なのだ。人間共とは比較にならん。ヴィシャネヒルごときでどうにかできると思うなよ?
「ヒュッ!」
短い呼気を放ち、人間共が確か<崩歩>とか呼んでいた体捌きで、ヴィシャネヒル共を翻弄する。二匹や三匹いたところで何も変わらぬ。蟷螂が蝶を屠るが如く、腹を裂き首を捻じ切ってやった。
「!?」
さすがにこれには
「まだ分からんか。私だ、新伊崎千晶。見た目に惑わされおって。力の本質を見ろ」
その瞬間、奴も察したようだ。
「お前かよ…」
吐き捨てるようにそう言って、その場に立ち尽くした。そんな私と新伊崎千晶を、千歳がやはり呆然と見ていたのだった。
「久しぶりだね、お姉ちゃん…」
何人もの人間が路上でのたうち回ってる場所ではさすがにゆっくりと話もできんから、私達は近くの深夜営業もしているレストランに来ていた。元々、千歳を連れてくるつもりだった店だ。服に着いた返り血はもちろん消してある。
三人分のコース料理を注文し、ちょうどオードブルが出て来たところで、新伊崎千晶が顔を伏せたままでそう切り出した。しかし千歳は、憮然とした表情でオードブルを口にしながら呟いた。
「今さら何の用よ。あいつらに頼まれでもしたの?」
あいつらとは、恐らく両親のことだろう。両親の差し金で自分を連れ戻しに来たとでも思ったようだ。だが、新伊崎千晶は首を横に振った。
「違うよ。あたしが会いたくなっただけだよ…」
そう言った新伊崎千晶も、千歳とは目を合わそうとせず、顔を伏せたままだった。
ところで、目の前でヴィシャネヒル共が引き裂かれるところを見ていた千歳が随分と冷静に見えるだろうが、実は千歳が見ている前でヴィシャネヒル共を消してやったので、何かのトリックだと解釈したらしい。だから余計に、自分を連れ戻そうとして私と新伊崎千晶が手を組んでおかしな劇をやってみせてるように感じたようだ。
「ふん、感動の再会とはいかんようだな」
私もオードブルを口にしながら、正直に言ってやった。もっとも、感動的だろうがそうでなかろうが、どちらにしても私にとっては茶番に過ぎんがな。
「あんたも何なの? 少年課の刑事か何か?」
千歳が今度は私に訊いてくる。まあ、こいつの発想ではその程度が関の山か。
「そんなくだらんものと一緒にするな。もっとも、私もただの余興でこんな茶番に付き合ってるだけだからな。くだらなさでは大して変わらんが」
確かにくだらなすぎることに付き合ってる自分が不様に思えて、自嘲気味にそう言った。が、やはり千歳には理解できんかったようだ。
「何それ、意味分かんない」
次に運ばれてきた皿も、千歳と私はすぐさま口にした。だが新伊崎千晶はそんな気分にはなれんかったらしい。
そして新伊崎千晶は、脈絡もなく呟くように言った。
「ずっとほったらかしにしててごめんね……お姉ちゃん……」
その言葉を耳にした瞬間、料理を口に運んでいた千歳の動きが止まった。顔を逸らして、絞り出すように言う。
「何よ…そんなの、あんたが言うことじゃないでしょ……それはあいつらが言うことの筈だよ……」
ほったらかし…ね。その割にはけっこう以前から千歳のアカウントを追いかけていた形跡があるようだがな。
敢えてそのことには触れず、私は黙って二人の様子を窺っていた。しかしどちらもそれ以上は言葉もなく、新伊崎千晶も
「千晶……あんた、私のこと恨んでるでしょ…? なんで私に構おうとするのよ」
店を出て三人で歩いていると、今度は千歳から口を開いた。この姉妹の間で何があったのかは今さら言うまでもないが、千歳は千晶に暴力を振るっていたのだ。しかも、姉妹喧嘩などというような生易しいものではない形で。
それは、この二人の父親が千歳に対して行っていたものを、千歳が真似をしたものだろう。人間は親の振る舞いを見て学ぶ。しかも、教わったこと、学んだことしかできん。暴力的な傾向、攻撃的な傾向を持つ人間は、親ないしそれに近い立場の人間からそういうものを学習したのだ。どれほど親や影響を与えた人間が善人ぶっていようともな。新伊崎千晶の攻撃性は、父親と姉、両方からの影響ということだ。
だが人間は、新たに学習することによって自らの価値観を更新していくことができる生き物でもある。最近の新伊崎千晶がそうだ。厳密には幼い頃の記憶を取り戻しただけだが、それを改めて噛み締めることで、己の稚拙さを思い知らされたのだろう。
もっとも、目の前の厄介事の対処に威力に頼るという点ではまだ何も変わってないようだがな。
まあそんな私の考察はさておいて、新伊崎千晶は、千歳とは顔を合わせずに応えた。
「別に……家族のことが気になるのは普通だろ……」
その言葉にさらに千歳が応じる。
「普通って何よ……私達の間にそんなものがあった覚えはないけど…?」
それに対して新伊崎千晶も繰り返す。
「普通は普通だよ……」
普通などという曖昧模糊な言葉ではいつまで経っても平行線だというのが私には分かるが、こいつらの頭では無理か。とは言え、好きにすればいい。すると新伊崎千晶が意を決したようにようやく千歳に目を向けて言葉を発した。千歳も新伊崎千晶を見た。
「お姉ちゃん、いつまでそんなこと続けるつもり…?」
「そんなの、あんたには関係ないでしょ」
「関係ないことないよ。お姉ちゃんは私のお姉ちゃんなんだから…!」
「お姉ちゃんお姉ちゃんって、やめてよ。お姉ちゃんって言われるの、私大嫌い…!」
「…! …それでも、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ……私のお姉ちゃんだから……」
再び視線を逸らして新伊崎千晶が俯いてしまったことで、言葉が途切れた。
『やれやれ、いつまでこの茶番を続けるつもりだ』
と私が呆れていると、新伊崎千晶はとんでもないことを言い出した。
「ねえ、お姉ちゃん。あいつらとは関わらなくてもちゃんと生活できる場所があるんだ。こいつは家を二軒持ってて、その一つは殆ど使ってないんだよ。そこに住んだらいいよ」
…はあ? 貴様、何を言って…!
だが、千歳も私の方を見て、
「へえ…? そうなんだ? じゃあ、しばらくお世話になろうかな? 元々そのつもりだったしね」
だと。貴様ら、調子に乗るなよ…? とは思いつつ私は、
「……勝手にしろ。ただし、文句は聞かんぞ」
と吐き捨てるように言い、新伊崎千晶と千歳の首根っこを掴まえるようにした。
「ちょ、何すんのよ!?」
千歳が不快そうに声を上げたその瞬間には、私は二人ともども空間を超えて、もう一軒の家の方の前に現れた。
「え…? ええ!? な、何これ!? どうなってんの!?」
状況を理解できない千歳が声を上げる。しかしすぐに、
「まさか、何かヤバいクスリでも使ったの? 記憶が飛んでるみたいなんですけど? 勘弁してよ」
などと、私が千歳に対して薬物でも投与したことで、移動中の記憶が飛んでしまったと解釈したらしい。なるほど、そういう経験もあってすぐにそんな風に思えたということか。
まったく、ロクなことをしとらん奴だ。しかも、私が家に向かって歩き出す様子を見て、
「え~…? これがあんたン
と露骨に不満げな顔をした。築数十年の狭小建売住宅で特にリフォームもしていないから千歳のような人間にはそう思えてしまうのだろうが、本当に身の程をわきまえん奴だなこいつは。
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