それ

「もう少し遠くまで行ってみる?」


まだ日も高く、天気が崩れそうな気配もないことから、綾乃は再びそう声を掛けた。


「うん!」


みほちゃんはただ無邪気にそう応える。


それを受けて綾乃も、彼女と手を繋いでまたゆっくりと歩き始めた。


しかし、行けども行けどもあるのは瓦礫の荒野だけだ。


四車線の国道も、崩れ落ちてきた瓦礫と、滅茶滅茶に破壊された自動車が散乱していて真っ直ぐに歩けない。


けれども、危険は特に感じなかった。漏れ出たガソリンに引火でもしたのだろうかいくらか焼け焦げた自動車などもあったりするものの、既にすっかり鎮火しているようだ。


もっとも、それらはあの黒い獣が消火したからなのだが、さすがにそこまでは考えが至らない。


『延焼しなくてよかった』


と思うだけだ。


実は、漏れ出たガソリンなども黒い獣が飲み干して、火災の原因にならないようにしていた。


凄まじい力を発揮する黒い獣は、あらゆるものをエネルギーとして取り込むことができた。人間など、それこそ一日で数千を食らい尽くし、すぐさまエネルギーに変換して貯えることができる。


ただ、エネルギー補給としての食事とは別に、楽しみとして人間を食らうということもするのだが。


そして、みほちゃんと一緒にしばらく歩いていた綾乃は、視界の隅に黒い影を捉え、ハッとなった。


『あいつ……!』


ビリっと、彼女の体を電気のように緊張が奔る。みほちゃんの手をしっかりと握り、自分に引き寄せた。


黒い獣だ。あの黒い獣が、彼女らの前に再び姿を現したのである。


けれど、その黒い獣は、彼女らの方には意識を向けていないようだった。瓦礫の隙間に上半身を突っ込むようにして何かをしている。


その様子を見た綾乃の脳裏を嫌な感覚が満たした。たまらない嫌悪感と、怖気おぞけ。微かに漂ってくる、臭いと、<音>。


びちゃくちゃと、動物が何かを食べているかのような。


『まさか……』


まるで、そう思った綾乃に気付いたかのように、黒い獣は体をぐいと動かして、瓦礫の隙間から何かを引っ張り出す。


「―――――っっ!?」


綾乃は、思わず口から出そうになった悲鳴を飲み込むのと同時に、みほちゃんを抱き締めていた。彼女に<それ>を見せないために。


綾乃の目が捉えた<それ>……


もう完全に元の形をとどめてはいなかったものの、なぜか一目で分かってしまった。


まぎれもない<人間の死体>であることが。


その瞬間に、彼女は察した。ここまで一人の遺体も見かけなかった理由を。


『こいつが……食ったんだ……亡くなった人達を……!!』


気付いたのと同時に、綾乃の顔にたまらない憎悪が噴き上がる。


「……」


そして黒い獣は、そんな彼女を、何の感情もこもっていない真っ赤な四つの目で見詰めたのだった。


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