代田真登美の勝利

この時の代田真登美しろたまとみ金鉢令司かねはちれいしのやり取りは、いわゆる『テンパってしまった』時に冷静さを取り戻す為、二人で決めたものだった。


それを実行しただけである。


だが、この時、二人はまったく気付くことはなかった。実は自分達が知らないうちに大きな危機を回避してみせたことを。


代田真登美が、理由もなく突然テンパった原因。それは、<邪神クォ=ヨ=ムイという明かり>に吸い寄せられるようにこの場に訪れた化生、ツンゥラトロゥニェであった。


ツンゥラトロゥニェは、人間の<焦り>を好み、憑りついた人間を焦らせることによって失敗を起こさせさらに大きな焦りを味わうということをするのだ。


だからさっき、代田真登美を焦らせ苛立たせ、力尽くで鍵を回して壊してしまうことでさらに大きな焦りと生むというという状況を作り出そうとしていたのである。


それを二人は、まったくそうと知ることもないまま、見事に回避してみせたという訳だ。


ツンゥラトロゥニェを退ける最も適した方法を用いて。


方法そのものは、決して難しくもないし特別な力も必要なかった。代田真登美と金鉢令司がやったように、具体的に効果のある、


『自らを落ち着かせて焦りを解消する』


方法を取ることができればそれで済むのだ。


だが、実際にはそれが難しい。殆どの人間はこの時の代田真登美のように瞬間的に冷静さを取り戻すことができずに焦りを大きくしてしまい、やがては取り返しのつかない事態を招き自滅する。


ということが往々にしてある。


なのに二人は、見事に撃退してみせたのだった。




『ほうほう、これはこれは…』


ツンゥラトロゥニェが代田真登美に憑いたことにたまたま気付いた日守こよみが意識を飛ばすことで様子を見ていたのだが、思いがけない展開に感心していた。


仮にも魔法使いの端くれであった赤島出姫織あかしまできおりですらエヴィヌァホゥァハへの対処を誤り、月城こよみに嫌がらせを続けた挙句、首を絞めて殺してしまうなどという過ちを犯してしまったというのに、その手の知識もまるでない、それどころかそういう存在に気付いてもいないにも拘わらず退けてみせたのだから。


『まったく。人間というのはこれだから面白い。いやはや、見直したぞ、代田真登美』


一人そうやってほくそ笑んでいた日守こよみに気付き、


「なにニヤニヤしてんのよ、気持ち悪い。


って言うか、また何か悪だくみしてんの!?」


と、月城こよみが目を尖らせる。


しかし日守こよみは、


「無礼なことをホザくでないわ! この痴れ者が!!」


と言い返した。実際、この時にはただ代田真登美に感心していただけなのだから、完全に言いがかりに過ぎなかったのである。


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