衝動
それは、彼の中に湧き上がった<衝動>だった。
彼女達が風呂に入ることを想像した瞬間、ぶわっと口の中に涎が湧きだしたのだ。
『美味そう……!』
確かに彼はそう思ってしまった。まるで人間が、上等な肉や新鮮な魚の映像を見てそう思うかのように。だから彼女達の姿が見えないようにその場を離れたのだ。
以前は、彼女達を怯えさせないようにという配慮だったが、今回のは違っていた。自分を抑えるためにである。
『……もう時間がない……』
彼はそれを察した。遠からず自分はその欲求を抑え切れなくなる。彼女らの首筋に食らいついて息の根を止め、腹を食い破ってそこに頭を突っ込んであたたかく真っ赤に噴きだす血をすすりながら内臓をぐちゃぐちゃと貪りたいと思ってしまったが故に。
どうやら彼女達が生きられる設備を整える時間すらないようだ。
もっとも、今でも十分、<避難生活>としては快適だっただろうが。
発電機のガソリンは、携行缶に入ったものが十個。食料は周囲のスーパーやコンビニ跡を回ればレトルト食品や缶詰の類はまだまだ残っているだろう。
水も、逆に飲料水はペットボトルに入ったものが大量に残されていた。
この辺りは、生き残った人間が少なかったことがむしろ幸いしていると思われる。何しろ、この公園の周囲、半径十キロ以内で現時点でも生存している人間の数はわずか数十人。数万人の人間が普通の暮らしをしていた街でこれである。
つまり、数万人の人間が普通に生活を営めるだけの物資がここにはあったということだ。その多くが衝撃波による大破壊の中で失われていたとしても、生鮮食品の類はダメになっていたとしても、僅か数十人の人間が当面の間を生き延びるには十分な物資が残されている筈だった。
この公園の周りには、徒歩十五分圏内でさえ、十数軒のコンビニがあり、三軒の中堅スーパーがあり、一軒の大型スーパーがあり、七軒のドラッグストアがあり、二軒のホームセンターがあった。そして、その徒歩十五分圏内には、生存者は一人もいなかった。
発電機用のガソリンは、ガソリンスタンドまで行かなくても、破壊された自動車のガソリンタンクが無事なものから抜き取ればいいだろう。
都市ガスについては、大地震などが発生した場合に自動的に供給をストップするシステムが働いて大本で止められてしまったが、それはむしろ大きな火災を防ぐことに役立っていた。
加えて、この辺りで発生した火災については、
このように、たった五人で、誰かに物資を奪われる心配もほぼなく安全に独占できるのだから、もうすでに生き延びられる環境は整っていると言えなくもなかったのだった。
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