vs電子の妖精

今の石脇佑香いしわきゆうかは、<電子の妖精>とでも呼ぶべき存在である。自らのコピーを無数にばらまき、そして石脇佑香と同一であるそれらの存在は、それぞれが自立して思考し、行動する。


世界中の原子炉を暴走させていた時もまさにそうだ。鏡の表面に焼き付けられた石脇佑香が命じなくても、それら無数の<石脇佑香>がその目的を果たそうとしていた。


だがそのうちの一体は、目的を果たすことができずにいた。


「なんなの、こいつ…!」


忌々し気にそう呟いた石脇佑香の前にいたのは、<木刀を手にした中年サラリーマン風の男>


そう、<少年A>を完膚なきまでに叩き伏せたあいつが、今度は石脇佑香(のコピー)の前に立ち塞がったのだ。


電子回路の中に存在し、実体としては存在しない筈の石脇佑香(コピー)を、男は確実に捉えていた。その所為で、目的の原子力発電所に辿り着けなかった。


そちらへは別のコピーが向かったことで問題はなかったが、男に捕捉された石脇佑香(コピー)は逃げることすらできなかった。何故か、他の回路に移れないのである。


『結界ってこと…?』


恐らくそうだろう。


電気回路を通じて逃げることができないと悟った石脇佑香(コピー)は、電子を集めて自らの姿を形作った。


だが、愛らしい少女の姿をした石脇佑香(コピー)にも、男はまったく表情を変えることもなかった。


「邪魔すんなぁっ!!」


愛らしい少女の姿で媚びを売って隙を作ろうとしたのも通じないと悟ると、石脇佑香(コピー)は獣のごとく牙を剥いて男へと飛び掛かる。


が、それは無駄な足掻きというものだった。


「げひっっ!!」


するりと身を躱しつつ木刀を振り下ろした男の一撃に、石脇佑香(コピー)が自動車に轢かれた豚のような声を上げる。男の攻撃には、まったく容赦も躊躇いもない。


相手が何者であろうとも、たとえあどけない子供の姿をしていようとも、確実に叩き潰す為の攻撃だった。いやはや頼もしい。


「ぐ…ひぃ…ああ…あ……」


電子の塊でしかなく、実際には実体などと言えるものではないにも拘らず、男の攻撃は確実なダメージを与えていた。


「なんで…? なんでぇ……!?」


石脇佑香(コピー)が叫ぶ。自分の思い通りにならないことに憤っているのだ。これまでは何でも自分の思い通りになってきたというのに。


「ガリガリガリガリガリ……っっ!」


周囲の電気で動く機械を従え、石脇佑香(コピー)は既に<少女>とは言えない姿となってさらに男に食らいつこうとした。


しかしそれすら、木刀で薙ぎ払われ、電子の塊であったその姿は霧散していったのだった。




などということがあったのだが、これも当然、私が後始末をしたので人間は誰も気付かなかったがな。


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