並の人間
自分の邪魔をして、警察に追われるきっかけを作った<そいつ>のことを、男は許せなかった。
『俺がこんな目に遭ってるのは、こいつの所為だ……!』
と、逆恨みも甚だしい自分勝手な恨みを抱き、感情を昂らせていた。
実はこの時、男には、自制心を麻痺させる種類の化生が憑いていたことで余計にそうなりやすい状態にあったのだが、これも、理性をしっかりと保つように心掛けていれば何とか暴走せずに済む程度のものだったので、男に責任能力がなかったのかと言われれば、ぜんぜんそんなこともなかったのである。
にも拘らず男は、自身の感情の昂りを抑える努力もせず、自分が追い詰められる原因を作った(いや、そもそもそんな事件を起こさなければこんなことにはならなかったのだが)<そいつ>、
万が一の時の自衛用(自分が犯罪者のクセに何が<自衛>なのかさっぱりだが)に用意してあった登山ナイフを腰溜めに構え、一直線で貴志騨一成へと迫った。
そして、ドスンと体ごとぶつかる。
「!?」
そこでようやく、貴志騨一成の方も異変に気が付いた。自分が意識を向けてない、視界に捉えていない状況を事前に察するだけの感覚はまだ身に付いていなかったのだ。
「熱…っ?」
ほぼ背中に近い当たりの脇腹に熱を感じ、貴志騨一成は僅かに声を上げた。だがそれがすぐに<熱さ>ではなく痛みであることに気が付く。
そして、自分にぶつかってきたのが、先日、たまたま通りがかって行きがかり上助ける形になってしまった少女を襲っていた男であることをやっと理解した。
並みの人間なら、そこでもう体に力が入らずその場にうずくまってしまうところだろう。フィクションのように反撃することなど、現実にはまずできない。
かつて週刊誌の記者であった
が、それは<並の人間>であればの話。今の貴志騨一成は並みでもなければ普通でもない。
ナイフで刺された程度なら、大したダメージにはならん。
だから、貴志騨一成は、面倒臭そうにナイフを握った男の手を掴み、少し力を入れた。
瞬間、
「っがぁややああぁああぁあぁぁーっ!!」
という、とても人間の喉から出たとは思えない悲鳴を上げ、男はその場に崩れ落ちた。貴志騨一成が握っただけで男の腕の骨が粉砕されたのだ。
「五月蠅い……」
そう呟きながら、貴志騨一成は男を突き飛ばしたのだった。
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