救命
「貴志騨くんっ!」
黒い獣の姿が見えなくなったのと同時に、
既に人間の体に戻ってはいたものの、それは同時に、人間では決して助からない状態だというのも、一目見れば分かってしまう。
何しろ、大きく裂けた腹の中にはもはや臓器がほとんど残っていなかったのだ。辛うじて肺と心臓だけが気道や血管によってその場に留められているだけだろう。
並の人間ならまともに視線を向けることさえできないものだった。
「貴志騨くん! 貴志騨くんっ!!」
もはやただ名前を呼ぶことしか、玖島楓恋にはできなかった。
『ああ、誰か……誰か助けて……!』
今、玖島楓恋の肉体には、<
「貴志騨くんが死んじゃう! お願い助けて……!!」
悲鳴のような絶叫が迸った瞬間、玖島楓恋の背後に現れた影があった。
「やれやれ、何をしとるんだお前らは」
呆れたように声を掛ける。
「!?」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった玖島楓恋の目が捉えたもの―――――
私だった。
「日守さん…!」
私の姿に気付いたのと同時に、玖島楓恋の顔に安堵が浮かぶのが分かった。
「ああ、分かった分かった。そんな目で見るな。今、巻き戻してやる」
そんな風にボヤきながら、私はすぐに貴志騨一成を巻き戻す。
巻き戻しを始めれば一瞬だ。
「よかった……」
自分を守るために命を賭して戦ってくれた貴志騨一成を労わり、決して美麗とは言えない頭を膝に乗せ、玖島楓恋は愛しむように撫でながら見る。
まったく、そういうところに貴志騨一成は惹かれるのだろうな。
別に好きにしててくれて構わんが。
後、ついでに、倒れた自転車のカゴから転がり出して道路にぶちまけられたビーフシチューも巻き戻しておいてやったぞ。普通の人間ならあまりいい気分はせんかも知れんが、玖島楓恋が作ったものとなれば貴志騨一成は喜んで食うだろう。
で、
ふん、新伊崎千晶と遭遇して追い返されたか。ならばもう放っておいても大丈夫だな。
「……玖島さん……」
不意に意識を取り戻した貴志騨一成がその名を呼ぶと、玖島楓恋は涙を浮かべながら、
「ありがとう、貴志騨くん……」
と、額を付けながら囁くように感謝の言葉を掛けたのだった。
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