アフタースクール・チャットpage2
「そうですね…自重します」
最近少々調子に乗っていた
そう言えば、ここ数日、いやもう一週間近くになるか。<もう一人の私>と同期してないな。確か、
だがこの時の私は、そのことをあまり気にしていなかった。
本来、意識を同期すれば勝手にその時点までの記憶も同期する筈なのだが、時折、その時の精神状態や肉体の状態で同期が上手くいかないことは何度かあった。だから今回のも、ショ=エルミナーレとの戦闘のダメージや、認めたくはないがケニャルデルのあれで思った以上のダメージがあった可能性がある。そのせいで、月城こよみの肉体に保存された記憶に何らかの齟齬が生じていたのかも知れない。
複数の私が同時に存在することは過去にも何度も有った。一週間どころか何年も同期しないこともある。元より意識や記憶の同期がうまくいかないこと自体はそんなに珍しいことでもなく、その後に改めて同期すれば問題なかったからな。必ずしも重要なことではない。
それよりも問題は、やはり私にちょっかいを掛けてきている奴の気配すら掴めないということだ。<もう一人の私>の方にもこれといった変化が見られないことから、あちらも同様なのだろう。デニャヌスに月城こよみの両親が食われ、クォ=ヨ=ムイとしての自我が目覚めて約二週間。これほど時間が経っても尻尾の一つも掴めないというのはやはり普通ではない。果たして何のつもりなのか。
こちらから仕掛けるという手もあるにはあるが、相手のことが何も分かっていない状態では果たして効果的なやり方ができるかというそもそもの問題もある。
その時、私はある気配を感じ取っていた。人間ではないが、こちらに対して敵意を向けてくるわけでもない、それどころか友好的ですらある気配。そちらに視線を向けると、部室の前に男子生徒が一人、現れるのが見えた。
やけに機嫌の良さそうな笑顔を向けながらこちらに歩いてくる。
「なんだお前。こんな時間に何をしてる? 家に帰って宿題でもやったらどうだ」
まるで生徒に話しかける教師のような口ぶりで、私は肥土透に声を掛けた。その私に肥土透が軽口で応える。
「やだなあ。後で改めてお礼に行きますって言ったじゃないですか。忘れたんですか?」
先日あれほど痛い目を見たクセに何だそのなれなれしい態度は。軽くイラッと来つつ意味の分からないことを言っている肥土透に問い掛ける。
「何の話だ? 私は初耳だぞ」
すると肥土透は合点がいかないという顔になり、逆に問い掛けてきた。
「え? マジですか?」
だがその反応で私はピンときたのだった。それを確認する為に改めて問う。
「ああ、そうか。お前、もう一人の私に会ったんだな?」
その私の言葉に肥土透が明らかな戸惑いを見せる。
「もう一人の? って、え? クォ=ヨ=ムイさんって二人いるんですか?」
そこで私が二人いるということに気付くのは大したものだが、やはり人間には理解しにくいか。
「そういえば言ってなかったか。そうだ。私は二人いる。授業に出てるのはもう一人の私だ」
そう説明してやると、肥土透は感心したように声を上げた。
「すげ~。神様ってそんなこともできるんですね」
素直な感嘆が、少し耳に心地いい気がした。だが私はそれを表には出さないようにして、更に問い掛ける。
「まあな。だが、お前、お礼とは何のことだ? 改めてお礼に行きますとは?」
それに対して肥土透も若干姿勢を正して言った。
「同じ神様でも体を別々にしてるとやっぱり分からないんですね。分かりました。改めて説明します」
いいだろう。聞いてやろう。
「この前、僕の母親が新興宗教にハマって家がめちゃくちゃになったって言ったじゃないですか。それをクォ=ヨ=ムイさんが解決してくれたからそのお礼をしたいって言ったら、放課後、部活が終わってしばらく経った頃に部室前の鏡のところに来てくれって言われたんですよ」
改めて説明するといった割に随分と端折ったが、取り敢えずの経緯は分かった。だが分からない部分はやはり問うしかない。
「なんだと? 私がそんなことを?」
すると肥土透が再度説明を始めた。
「そうですよ。
むう……まさかそんなことがあったとはな。私の戸惑いが言葉になって漏れ出る。
「いや、聞いてない。と言うか、私はお互いの意識や記憶を同期させることで、互いに何をして何があったのかを確かめるんだが、一週間近くそれをやってないのだ。だからその間に起こったことは私は知らん」
その私の言葉に、今度は肥土透が感心したように「へえ~」と言葉を漏らした。その様子に私は一つ咳ばらいをし、空気を作り直す。
「しかし、それだけのことがあれば向こうから同期してきそうなものだがな。我ながら何を考えているのやら…」
わざと難しい顔をして、舐めた態度を取られないようにする。その時私は、気が付いた。
「だが待てよ? ということはもう一人の私はお前の母親がその綺真神教とやらに取り込まれてることなど知らん筈だ。それが何故助ける?」
そうだ。意識や記憶を同期していないもう一人の私は肥土透の身に起こったことも知らん筈だ。私は、同じ自然科学部の部員だからというだけの理由で助けたりするようなことはせん。それはもう一人の私も当然同じだ。その私の疑問に答えるように肥土透は、語り始めた。
「実は僕、せっかく力を手に入れたってことで自分で直談判に行ったんです。いざとなったらこの力で何とかしようって思って。でも見えない化物がいてやられそうになったのを助けてもらったんですよ。それで学校で改めてお礼に行きますって言ったらここにって」
ああ、そういうことか。たまたまその場に出くわしたと。だがまだ合点がいかん。何故私はそんなところに行ったのだ? 肥土透は、私のその疑問には気付かず続けた。だがそれは図らずもヒントになったかも知れん。
「そうだ。言われてみたら、あの時、クォ=ヨ=ムイさんの様子がおかしかったな。僕のこと知らなかった感じなのは二人いたからだって分かりましたけど、何かすごく機嫌が悪そうでしたね」
機嫌が悪そうだと? ふむ。となると、肥土透のことは関係なくその綺真神教とやらと直接何か因縁が出来てたということか? そう考えれば分かりやすいな。
しかしそうなってくると、ますます私と同期しなかった理由が分からん。まあ別に理由などなく『単に気分じゃなかった』と言われても私ならそういうこともあるよなと納得できてしまうがな。
だが、逆に、単なる気分の問題でなかった場合、何が原因なのかということは重要になるかも知れん。
夏休みを直前に控え、これはもしかしたら思った以上に面倒なことになるかも知れないと、私は考え直していたのだった。
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