火に油

成長した藍繪正真らんかいしょうまが両親に対してやっていたことは、完全にこいつの両親がやっていたことのコピーだった。自分の思い通りになるように威圧して操ろうとしたのだ。


しかもそれが人間として好ましいやり方でないことをこいつに分かるように諭してくれる奴が周囲にいなかったことで、歯止めが効かなくなった。


『殴って言うこときかせてやりゃいいだろ』


と言う人間ならいくらでもいたが、それはこいつの両親が散々やってきたことだ。そうしてきたからこそ藍繪正真らんかいしょうまはこうなってしまったのだ。


しかし力関係が逆転したことで効果がなくなったどころか、同じことを返されるようになったのだ。


にも拘らずその現実を理解できん自称<専門家>が力尽くでこいつの態度を改めさせようとして殴り、それで恨みを募らせ、とうとう、そんな自称<専門家>に解決を依頼した両親をさらなる地獄へと叩き落そうとして、通り魔事件を起こそうとしたというのが、事の顛末だな。


自称<専門家>は、


『暴力で問題を解決する』


というやり方の後押しをしてしまったということだ。


『善悪の区別もつけられないのか!?』


だと? 笑わせるな。一から十まで『自分達の体裁が大事』だった両親はこいつに善悪の区別など何一つ教えてこなかったんだぞ? 口先だけではそれっぽいことも言ったようだったが、それすら、


『自分達に迷惑がかからないようにするため』


というのが見え見えで、<善>などというものをこいつの両親がそもそも持ち合わせていなかったのだ。


いや、


『自分達の体裁を整えることこそが善』


とは思っていたかもしれないがな。


藍繪正真らんかいしょうまはそのための道具でしかなかったのだ。それでどうやって真っ直ぐ育つというのだ? ん? 


せめて誰かがフォローでもしてくれていればまだ何とかなったかもしれないが、自称<専門家>が完全に火に油を注ぐだけの間抜けなマネをするまで誰も何もしなかったんじゃあ、どうにもならん。


全ては両親の<身から出た錆>なのだ。


まあ、それで巻き添えを食う側はたまったものではないし、ましてや<私の物>に手を出そうとしたのだから、人間の理屈など関係ない私が容赦するわけもない。


人間が、<蟻の社会のルール>など考慮しないのと同じだな。




しかし、そんな藍繪正真らんかいしょうまの境遇は、ここに来たことで一変してしまった。そして、こいつがそれまでまったく目の当たりにしたこともなかった、裏表のない真っ直ぐな気持ちでもって尽くしてくれる存在、自分のことをただ自分として見てくれる存在、トレアと出逢った。


一方、トレアの方も、奴隷である自分を人間として見てくれる藍繪正真らんかいしょうまに出逢った。


互いに求めても得られなかったものを、こうして手に入れてしまったのである。


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