空気を読まぬ
前にも言ったが、
しかし一方で、代田真登美と
だから時折、それが原因でトラブルが生じる。
「代わりにゴミ捨てて来いって言ってんだよ貴志騨!」
「キモオタチビデブのクセにイキってんじゃねーよ!」
なんて声が、部室で寛いでいた私の耳に届いてきた。隣の校舎のさらに向こう。普段は人通りの少ない場所で、どうやら貴志騨一茂が誰かと揉めているらしい。
『何をやってるんだあいつは』
呆れながら私はそちらに意識を飛ばした。基本的に人間同士のいざこざに首を突っ込むつもりはないのだが、山下沙奈の事情聴取も終わってちょうど暇だったからな。
すると、貴志騨一茂に対し、バスケットボール部のユニフォームを着た生徒数人が絡んでいるところが見えた。
その内の一人が、ゴミ箱を奴に押し付けようとしていたのだ。しかし貴志騨一茂当人はそれを頑として拒み、故に感情を拗らせているらしい。
身長百五十センチ弱の貴志騨一茂に対し、明らかに頭一つ大きい連中が五人、束になってすごんでいるというのに、奴はまるで意に介していなかった。
そういう態度がまた癇に障るのだろう。バスケットボール部のユニフォームを着た連中の一人が、奴の肩を強く押した。なのに、びくともしない。
身長では頭一つ分低いが、体重ではおそらく五人の誰よりも重いこいつは、その体形からくるバランスもあり、そういう意味では意外と強い。
しかし、それが相手の感情に火をつけてしまった。
「なんだお前!、生意気なんだよ!」
なにが『生意気』なのかさっぱりだが、こういう時は発言そのものにはさして意味がないのだろう。こいつらの語彙ではそれしか出てこなかっただけだろうな。
だがその時、
「どうしたの?、貴志騨くん」
と、決して激しくはないが、あくまで穏やかではあるが、不可思議な力のある声が。
五人に絡まれてもまるで表情を変えなかった貴志騨一茂が、ハッとした表情になった。
その視線の先に現れたのは、代田真登美だった。
すると貴志騨一茂に絡んでいた五人は忌々し気に顔を歪めたかと思うと、
「いえ、なんでもありませんよ、先輩。こっちの話です」
などととぼけてみせた。こいつらにとっては上級生だからな。思わぬ横槍に気勢を削がれたのか、五人は「行こうぜ」と声を合わせてゴミ箱を持って行ってしまった。
「…?、お友達?」
「……」
空気を読まぬ代田真登美の問い掛けに、貴志騨一茂は黙って首を横に振ったのだった。
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