寝床

トレアの服が乾いたことで、藍繪正真らんかいしょうまはまだ考えがまとまらないままに、


「取り敢えず行くぞ」


と立ち上がり、歩き出した。


すると、川から少し離れて当てもなく歩いていた時に、どう見てもただ打ち捨てられているとしか見えない小屋が見えた。


「……」


吸い寄せられるようにその小屋へと向かった藍繪正真らんかいしょうまが中を覗き込むと、どうやらかつては人が住んでいたものらしいというのが分かった。ここに来るまでにもいくつか似たような小屋を見てきたが、そこには一見しただけでも、


『上流階級に買われた奴隷の方がいい暮らしをしてそうだ』


という人間達が住んでいたようだ。もしかしたらこれもそういう人間が住んでいたものかもしれない。しかしもう何年も使われていないのか、中も荒れ果て酷いものだ。


それでも、


「……今夜はここで寝るか……」


と呟くと、


「それでは、私がお掃除します」


トレアが言った。


「勝手にしろ……」


藍繪正真らんかいしょうまは吐き捨てるように言ったが、トレアはむしろ嬉しそうに本当に部屋を片付け始めた。


と言っても、泥が溜まった錆び付いた鍋らしきものや壊れた椅子のようなガラクタを外に放り出して、小屋の周囲にあったススキに似た枯れ草を束ねてそれをまた別の草で縛りまるでホウキの先のようなものを作って積もっていた埃を払うだけだったが。


その様子を、藍繪正真らんかいしょうまが、穴の開いた桶のようなものを椅子にして座って外から眺めていた。


『……慣れたもんだな…よっぽど掃除をやらされてきたんだろうな……』


などとぼんやりと考えていた。


別に同情するわけではなかったが、役に立つかどうかも分からない厄介者をわざわざ金を出して買ってしまったという後悔からは少しだけ解放された気分になった。


その間もトレアは次々と枯れた雑草を引きちぎっては集めて、床の隅に集め始めた。


『何してんだ……?』


訝し気にその様子を見ていた藍繪正真らんかいしょうまだったがある程度まで来ると、


『ああ、ベッドを作ってるのか……』


と気が付いた。まさかベッドまで自分で作るという感覚がなかったことで、単純に驚かされてしまう。


だが、この時にはまだ藍繪正真らんかいしょうまは気付いていなかったが、大量の枯れ草を引きちぎって集めていたトレアの手は、傷だらけで血が滲んでいた。


それでも彼女は泣き言一つこぼさず、<主人>のために枯れ草を交互に向きを変えて重ね合わせて土台にし、その上に揉んで柔らかくした枯れ草を敷き詰めて本当にベッドを作ってしまった。


だがそのベッドは二人で寝るには小さいように見えた。そして。


「…おい、手を怪我したのか?」


トレアの手から血が出ていることに気付き、藍繪正真らんかいしょうまが声を掛けると、


「あ、いえ、大丈夫です。これくらい」


トレアはそう言って手を後ろに隠してしまったのだった。


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