神の啓示

「ところで黄三縞さん、あなたのブラ、イエロートライプじゃない? あれ、可愛いよね。私も今度インナー買うとしたらイエロートライプにしようと思ってるんだ」


沈んだ空気を何とかしようとしたのか、月城こよみが突然、不自然なくらいに明るい口調でそう声を上げた。その言葉に、黄三縞亜蓮きみじまあれんは戸惑いつつも恥ずかしそうに頷いた。しかし月城こよみ、お前も茫然としてた割にはよく見てるじゃないか。


そんなことを思っていた私をよそに、黄三縞亜蓮と月城こよみはぎこちなさはありながらも普通の女子中学生のような会話を始めたのだった。黄三縞亜蓮が言う。


「私、イエロートライプのモニターしてるの。だから言ったら新しいの届けてもらえるし、お詫びって言ったらなんだけど、もしよかったらあげるよ」


上目遣いで遠慮がちに提案する黄三縞亜蓮に、月城こよみはパッと顔を輝かせた。


「え? ほんと? やったぁ!」


単純に喜んでるのが分かるその表情に、黄三縞亜蓮の表情も少しだけ柔らかくなる。まあそうやって仲良くなってくれるのは構わんが、本題がまだ片付いてないんだがな。それを思い出したかのように、黄三縞亜蓮がハッとした顔を見せ、肥土透ひどとおるに向き直った。その表情には焦りの色が浮かんでいた。


「肥土君、ごめんなさい。私があなたのことを気にしてるの、古塩君にバレちゃった。それで古塩君、肥土君にヤキ入れるって。私、それを教えようと思って探してた筈なのに、肥土君の顔を見たらすごく体が熱くなって頭がぼ~っとしちゃって…」


そこまで言って黄三縞亜蓮はまた耳まで真っ赤になって両手で顔を覆ってしまった。自分がやったことを思い出して身悶える思いなのだろう。そんなことはどうでもいいが、やっぱり貴様ら、傍迷惑な奴らだな。痴話喧嘩など自分達の間だけでやっておけ。くだらん。


とは言え、肥土透にとってはさすがに無視できない厄介事だった。明らかに困った表情になっている。


「そんなこと言われても、どうしたら…?」


などと情けない声を漏らす。やれやれ。世話の焼ける奴らだな。だから私は言ってやった。


古塩貴生ふるしおきせいと言えば、レスリング部のエースの一人なんだろう? だったらレスリングで力の差を見せ付けてやればいい」


突然の提案に、肥土透はますます困惑した顔になり言った。


「え? でも僕、レスリングなんてやったことないですよ?」


ええい、グダグダ言いおって!


「だから今のお前ならレスリングだろうが空手だろうが柔道だろうが人間が勝てる訳はない。どうなったら負けかってだけ知ってれば負ける訳がないんだ。確かレスリングは両肩をマットに付けられたら駄目だった筈だ。お前なら力尽くで押さえ付けただけで勝てる。相手の得意なジャンルで圧倒してやれば大抵は身の程を知る。それでもくだらん真似をしてくるならその時こそぶちのめしてやれ。徹底的に。そうすりゃ片が付く。人間同士ならいつまでも尾を引くかもしれんが、お前は人間じゃない。生身の人間では絶対に勝てない次元の違いを見せてやれ!」


そうだ。これは命令だ。貴様らより遥か高次元の存在である私からの命令だ。ごちゃごちゃ言ってないで黙って従え!


だがその時、私の言葉を聞いた黄三縞亜蓮が信じられないといった表情で肥土透を見て呟くように声を漏らした。


「肥土君、人間じゃないってどういう…?」


そんな黄三縞亜蓮に向かって、肥土透は苦笑しながら答えた。


「人間じゃないって言うか、ここにいるみんな、<普通の人間>じゃないってことかな」


そう言いながら肥土透は自らの手を、長く鋭い爪を持った白いエニュラビルヌのそれに変化させ、月城こよみは髪を何本もの刃に変化させた。山下沙奈は今は何もできないからそのままだが、私は黄三縞亜蓮が正気を失わない程度にささやかな狂悦の笑みを浮かべて見せた。吊り上がった口からナイフのように鋭く尖った歯を覗かせながら。


それを見た黄三縞亜蓮の恐怖の表情は、なかなか甘美なものだった。いい表情を見せるじゃないか。気に入ったぞ、お前。


「じゃあ、やっぱりあれは夢じゃなかったんだ…」


その顔に恐怖を張り憑かせたまま月城こよみを見、独り言のように呟いた黄三縞亜蓮の言葉は、赤島出姫織あかしまできおりが月城こよみの首を絞めて殺した時のことを言っているのだと分かった。こいつは当時のことを夢だと思い込もうとしてたのだろう。当然か。死んだ者がすぐに生き返るなど、人間にとっては空想の中の話だからな。だが残念ながら現実だ。と言っても、私自身、その話は月城こよみからの伝聞でしかないのが残念だが。


取り敢えず自分の置かれた状況を理解できたなら、お膳立てに協力しろ。


「黄三縞亜蓮、お前に命じる! 古塩貴生ふるしおきせいに伝えろ。肥土透がレスリングで勝負すると言ってたとな。体験入部という形でいい。そうすれば練習ということで言い訳が立つだろう。いつでも構わん、さっさと用意しろとな!」


そうだ。これはもう決定事項だ。異論は認めん。それでも「そんな無茶な!?」と文句を言う肥土透の頭に刃に変えた髪を突き立て、黙らせる。「ひっ…!!」と息を詰まらせる自分の前で、


「だから無茶しないでくださいよ……分かりましたよ、もう」


と肥土透がボヤキながらも傷がみるみる消えていくのを、黄三縞亜蓮は目の当たりにしたのだった。服に着いた血は月城こよみが消していく。こうして見るとお前達、まるで夫婦だな。


まあそれはいい。


「とにかく決定だ。だからさっさと帰れ!」


今度は四人まとめて蹴り出してやった。ディスプレイの中でニヤニヤ笑っていた石脇佑香には拳をお見舞いしてやった。巨大な拳の形にディスプレイが潰れたのだった。




またも私の家を追い出された三人と、恐怖を感じるべきなのか困惑するべきなのか分からずに呆然とする黄三縞亜蓮は、ただ顔を見合わせるしかできないでいた。


「…んー、まあ、無茶苦茶だけど、取り敢えずそういうことでっていかないといけない感じかな」


肥土透が頭を掻きながらそう言うと、月城こよみが相槌を打った。


「クォ=ヨ=ムイがああ言ってるんだったら、仕方ないかな」


不満はありながらもそうするしかないのは、さすがによく分かっているのだろう。山下沙奈はただ困ったような笑顔を浮かべているだけだった。今のこいつにはそれこそ何もできんからな。


「クォヨ…?」


初めて聞く言葉に戸惑う黄三縞亜蓮がそう呟くと、月城こよみが答えた。


「クォ=ヨ=ムイ。日守かもりさんの本当の名前だよ。彼女は人間から見たら、そう、<神様>、だね」


そう言われても理解ができずに呆気にとられる黄三縞亜蓮に、月城こよみはさらに続けた。


「ものすごく身勝手で傲慢でふざけてて、神様って言っても邪悪な神、邪神の方だとは思うけど、ものすごく強いのは本当なんだよ。彼女の機嫌を損ねたら、地球だって消されかねないんだから」


苦笑いを浮かべながらのその説明がどこまで黄三縞亜蓮に伝わったかはともかくとして、まずは私に言われたことをするしかないというのがこいつらの認識だった。だから黄三縞亜蓮は学校に戻って古塩貴生に肥土透が勝負をしたがってると伝え、肥土透、月城こよみ、山下沙奈は既にできることがないのでそのまま家に帰ることになった。


破壊したディスプレイを巻き戻しながらその様子を見ていた私の顔に、狂悦の笑みが張り付いていたのだった。


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