それでいいのだ

結局、その事故で病院に救急搬送され、そこで身元が判明してしまったことで、男は回復を待って逮捕される流れとなってしまった。


まあ、当然だな。


ただし、貴志騨一成にナイフを突き立てた一件は、その場に居合わせた人間の記憶にほとんど残らなかったことに加え、落ちたナイフの血を赤島出姫織が拭ったことで事件そのものが認識されず、たまたま通りがかった自動車の車載カメラの映像にもナイフがはっきりと映っていなかったことで、男が通行人にぶつかったことで揉め、はずみで転倒して自動車に轢かれたという以上にはならなかった。


そのため、一応、現場には事故の目撃情報を求める立て看板は出されたものの警察としても男が転倒するきっかけになった少年らしき人物の行方を本気で探そうとはせず、


「逃げるのに焦ってたのかもしれないが、間抜けな奴だ」


と担当刑事が嗤っただけで、とにかく男を立件、事故についても粛々と処理するという流れとなった。


少年が男を突き飛ばしたようにも見えるから何らかの罪に問おうと思えばできなくもないだろうが、そこまでしようとも思わなかったようだ。


その一方で、スマホを操作していた上に、制限速度二十キロの道路を時速五十キロを超える速度で自動車を走らせて男を轢いたドライバーはさすがに悪質であることから、そのドライバー自身が自動車に搭載していた車載カメラの映像を解析して事故当時の速度を算出。制限速度三十キロオーバー及び安全運転義務違反に加えて座席ベルト装着義務違反、さらに前歴もあった為に免許取り消しとなる見込みである。


もし、速度超過を軽く見積もられたとしても、点数上は免許取り消しラインとなってしまうようだ。


こうして、人間による事件は概ね人間の手で始末が付けられることになった。


それとは別に、事故現場から立ち去りつつ、


「貴志騨…あんたさ、自分がただの人間じゃないってこと、もうちょっと自覚した方がいいんじゃない?」


と、赤島出姫織あかしまできおり貴志騨一成きしだかずしげを諫めるが、いくら真面目そうな身なりになったとはいえ彼女のようなタイプはそもそも眼中になかったこともあって、


「……」


貴志騨一成は一言も応えることなくコンビニへとスナック菓子を買いに行ってしまったのだった。


『やれやれ……』


お節介をする形になった赤島出姫織は、そんな自分を内心で自嘲しつつ、自身も買い物へと戻ることにした。


さらにそんな様子を、上空から月城こよみが、髪を羽に変化させて滞空しつつ、見守る。


貴志騨一成の様子を見に来た赤島出姫織の気配に気付いて、こちらも様子を見に来たのだ。


しかし、こいつも人間同士のいざこざについては、基本的に自分の身近な人間が巻き込まれたもの以外については関知しないようにしていたし、安易に撒き戻しもしないように心掛けていた。


以前にも言ったが、何でもかんでも巻き戻ししていてはキリがないのだ。だから己の勝手な基準でどの事例で巻き戻しをするかしないかを決めることになる。


私達は、それでいいのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る