気付いたか
たまたま通りがかっただけのSUV車に襲い掛かろうとした<少年A>に、<木刀を手にした中年サラリーマン>は、またゆらりと体を動かした。
と見えた瞬間、<少年A>の前に立ち塞がる。殆ど瞬間移動に等しい速さだ。まったく、人間にしては大した力の持ち主だよ。
人間にしてはな。
だが男は、この期に及んでも一撃でケリをつけようとはしなかった。
手にした木刀で少年を道路に叩きつけはしたものの、やはりとどめは刺さない。
だからといって、怪物と化した少年を救おうというような様子も見えない。あくまで、せっかく手にした獲物で自分の技を試そうとしているようだ。
で、男がSUV車の方に僅かに意識を向けた瞬間に少年が動き、SUV車を片手で引っ掛けるように男の方に投げ飛ばし、男はそれを、やはり木刀の切っ先で受け止めて、今度は逆さにならないようにくるりと空中で姿勢を整えて、どすんと道路に下したのだった。
中の人間はさぞかし肝を冷やしただろうが、多少、頭なり体なりをぶつけたりしていても、命に別状はないだろう。自慢の愛車は、少年が引っ掛けたところや木刀の切っ先がめり込んだ部分が大きく傷付き、板金十数万円コースと言ったところかもしれないがな。
ただ、その隙に、<少年A>の姿はどこにも見えなくなっていた。怪物と化したまま逃げたのだ。
やれやれ、さっさと始末しないから。
と私は思ったが、それでも男は慌てた風もなく、少し耳を澄ませた後、山の方へと視線を向けた。<少年A>が逃げた先を察知したようだ。
そして―――――
不意に、男は、私の方に視線を向けた。男からすれば何もないただの中空である筈のそこに、明らかに意図をもってその目を向けたのだ。
『ふん。気付いたか』
そう。男は、私が意識を飛ばしてその現場を覗き見していたことに気付いたのである。
『面白い…!』
こいつ、人間にしてはやるではないか。
私の正体にまで気付いたかどうかは判然としないにしても、私の気配には気付いたのだから、人間の異能力者としてはそれなりのレベルだ。私が知る限りでもまあまあ上位にはくるだろう。
『あの時の奴…いや、その息子か孫か……』
私がそう思った時、男は、取り敢えず私のことはさて置いて、<少年A>を追うことにしたようだ。
とん、と道路を蹴るとその体が十数メートル飛び上がり、林の中へと姿を消した。
後に残されたのは、ひっくり返って大破したパトカーと、傷が付いたSUV車の中で、意味不明な状況に呆然とする若い男女のカップルだけであった。
「え~? 終わり~? 消化不良すぐる~!」
などと、文句を言う
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