見どころ
いくら人間の体ベースの感覚になっているからといって、私にも察知させないとは、やっぱりやるな、こいつ。
<少年A>を見送った後、再び現れた<木刀を手にした中年サラリーマン>に、私は妙に感心していた。私が現れるかもしれないことを予測して気配を消していたんだろうが、侮れん。
ただ、今の私は、
感情を掴ません、穏やかに微笑んでいるようにも見えながらも実は全く笑ってなどいない、しかし同時に飄々とした雰囲気も放つ男は、初手から一切手加減をしてこなかった。
<少年A>の時には本当に手加減していたのだと分かる。
半径百メートルの範囲で空間を閉じたことでその外には影響はないが、一撃で山肌が幅三メートル、深さ十五メートルほどにザクリと裂けた。
「ははっ! これはこれは!」
私も思わず声が漏れる。私の力を想定してのいきなりの全力なんだろうが、さすがだな。だが、これでは。
「この程度の力じゃ、私には勝てんぞ! 人間!!」
私がそう言う前に、男は既に力の差を察していたようだ。しかし同時に、私が楽しんでいることも察したのだろう。己の力がどこまで通用するのかを試す方向に切り替えたのが分かった。
たとえ私が人間に仇なす存在だとしても、およそ勝てる相手ではないと身の程をわきまえているあたり、綺勝平法源に比べればよっぽど利口だ。
人間ではまったく認識できないであろう速度で次々と斬撃を繰り出し、結界内の光景は、シュレッダーに掛けられたかのように粉微塵になった木々や土や岩が渦を巻く、途方もない地獄絵図と化していた。
もっとも、そんな程度では私には傷一つ付けられんがな。
男も重々承知しており、私が遊んでいるだけだから自分が無事でいられることも理解していて、なおも攻撃を繰り出していた。今の自分にできる最大限をぶつけるつもりなのだろう。
「くくく、どうした? その程度か?」
私の言葉がスイッチとなったかのように、男の体の中に一瞬で凄まじい力が凝縮されるのが見えた。己の力のすべてを一点に集中し、木刀の切っ先に乗せて放つ。
ドン! という衝撃と共に、生み出され凝縮された力と男が手にした木刀が完璧に合一され真の直線を描き、私に向けて突き出された。
美しささえ感じる姿から放たれたそれは、空間そのものを穿ち破壊する一撃だった。それが、私の作った結界にすら小さな穴を開け、そこから迸った力が隣の山をごっそりと削る。
「ほう…?」
私がそちらに視線をやってから再び戻した時には、男の姿はどこにもなかった。勝てないと見るや負け惜しみ一つ残さずに全力で撤退か。己の一撃で私の結界が揺らいだ瞬間を見逃さずに。くく、分かってるじゃないか。
勝てる道理のない相手に足掻くのは愚か者のすることだ。そういう愚かな真似も嫌いではないが、今は別に命を投げ出すような状況でもない。
「人間にしては割と見どころのある奴だったな」
破壊された山を巻き戻しながら、男の一撃により頬にできた傷から僅かに垂れる血をべろりと舌で舐め取り、私は思わず笑みをこぼしていたのだった。
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