戦う理由

クォ=ヨ=ムイは続ける。


「ただし、往復移動一回につき、千秒、消費するがな。


とは言え、二百万秒のうちのたった三十万秒だ。どうということもなかろう」


と、とにかく気に障る喋り方で告げてくる。しかし、他に選択肢がないことは明白だった。彼女の言う通りなのだとしたら。


けれど、彼は思った。


『僕にはそれに従わないといけない理由が本当にあるんだろうか……?』


と。


どうせ元々余命一ヶ月程度だった。癌が治る当てもなく、守りたい人間もいない。


『そんな僕がどうして戦わなきゃいけないんだ?』


とも思った。


だから言った。


「…遅かれ早かれ僕は死ぬんです。そんな僕がどうして<人類の為に>なんて理由で戦わなきゃいけないんですか?」


もしこれでこの<自称神様>とやらを怒らせて殺されたとしても、自分が死ぬことには変わりないだろうし、正直、もうどうでもいいと彼は思っていた。既にそういう投げやりな気分になっていたのだ。


するとクォ=ヨ=ムイは、今度は「フッ」とニヒルな感じで微笑わらった。


「なるほどなるほど、お前の言うことももっともだ。自分が死んでしまえばその後の世界がどうなろうと確かに関係ないからな。


まあ、お前が死ぬ前に人間が滅ぶところをゆっくりと見物するというのも、それはそれで一つの選択だろう。


そうだな。自分が死ぬというのに世界はそんなことはお構いなしで続いていくというのは恨めしいよな。


私も、<以前の地球>やさらに<その前の地球>では人間として転生を繰り返してきて人間の感覚とやらも多少は学んだつもりだから、まあ、お前の言いたいことも分からんでもない。


いいだろう。お前がそれを選択すると言うのなら、私は他を当たるとしよう。


私としてはせっかく作った地球を余所者にいいようにされるのが癪だったからお前達人間に世界を守るチャンスを与えてやろうと思ったんだが、いやはや、残念だ。


しかし、世界を守るのは別にお前でなくてもいいからな」


飄々と語るクォ=ヨ=ムイの様子に、しかし彼の体の中でカアッと熱いものが奔り抜ける。そしてそれは、


「って、そんな適当な話だったんですか…!? 俺を選んだ理由とかは…?」


という問い掛けとなって迸った。


だがクォ=ヨ=ムイはまるで他人事のようにヘラヘラと笑う。


「適当も何も、私がお前を選んだことに意味などないぞ? 単に目についただけだ。だからお前がやらないというのなら他を当たる。


なに、こんな簡単なことで世界を救えるのなら喜んでやると言う奴はいるだろう。なら、そちらに任せるのも筋というものだな。


残念だったなあ? お前が死んでも世界は続くことになりそうだ。


ちなみに、私がこいつらを始末してもいいんだが、ただの<余興>だよ。


<神様>ってのは死ねないから時間ばかり余ってしまってとにかく暇でな。今回のことも暇潰しにと思い付いただけだ」


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