二百万秒の間だけ
「この世界の事象のすべては、量子テレポートによって記録として残る。だが、今のお前達人間には、その記録を取り出すことはおろか、触れることすら普通はできん。ごく稀に微かに触れることができる人間がいて、そいつが『幽霊を見た』とか言う。
それが、お前達人間が言う<幽霊>の正体の一つだ。もっとも、大半はそれですらない、ただの錯覚だがな」
と、クォ=ヨ=ムイはそんな風に解説してくれるものの、正直、錬治にとってはどうでもよかった。
「死んでもまだ、楽にはなれないのか……」
思わずそんなことを呟いてしまう。
『死ねば何もかも関係なくなると思えばこそいろいろ決断できたのに、これじゃ……
そうだよ。死ねばすべてが終わりだと思うからこそ与えられた時間の中でできる限りのことをして悔いのないようにって思えるのに、死んでからもこうやって自分が残るんじゃ、頑張らなきゃいけない理由がなくなるじゃないか……!』
とは言え、
「体は……楽になってるんだな……」
あれほど苦しくて辛かったのが嘘みたいに<普通>だった。こうして立っていてもどこも痛くもない。
「そりゃそうだろう。せっかく量子情報体になったというのに、わざわざそのまま苦しい状態を続けたいと思うほどの変態もそうはおらん。だが、お前が癌を発症してからのことについても全て記録として残っているからな。追体験しようと思えばできるぞ。やってみるか?」
なんて、クォ=ヨ=ムイはニヤニヤと笑いながら言ってくる。
『こいつは、本当に嫌な奴だな……』
ついそう思ってしまい、
「そんなの、嫌に決まってるでしょう……!」
語気が強くなるのが自分でも分かった。
「くかか! そりゃそうだ! だからお前達人間にとって<死>は安らぎなのだ。どれほどデータとして残ろうと、苦痛まで再現せずにいることもできる。そして普通はそんなものは再現しないからな。もはや苦痛とは無縁でいられるわけだ」
しかしクォ=ヨ=ムイは、さらに言う。
「最初の予定の二百万秒よりも少しばかりお前が早く死んでしまったから少々段取りが狂ったが、それもあと残り、〇.〇〇〇〇一秒だ。お前達の感覚だと、二百秒ほどか」
「……あ…!」
そうだった。錬治達はあくまで、彼に残された時間、二百万秒の間だけ二百万倍に加速されているだけに過ぎない。
「…って、まって…! じゃあ、それがなくなったら、どうなる……? 二百万倍の速度で動いて、それに耐えられるようにクォ=ヨ=ムイがしてたから普通にしてられたけど、そうじゃなくなったら……?」
『そうだよ。冷静に考えたらそうだ。僕達は二百万倍の速度で動いても平気なようにされてただなんだ……!』
気付いた彼に、クォ=ヨ=ムイが追い打ちをかけてくる。
「くくく、ようやく気付いたか。あまりにも普通にしていられたからお前達は意識しなかったようだが、加速とそれに対応できる物理保護が解除されれば、お前達はただのひ弱な人間に戻る。
つまり、あの女達は、自分達が起こした衝撃波が荒れ狂うただなかに放り出されるんだ。ミンチどころじゃ済まないなあ」
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