真夏の白昼夢

男の様子からここに来るまでに色々やらかしてきたであろうことを察してしまった月城こよみは、男を結界で閉じた公園に閉じ込めたまま、辿ってきたであろう道を、気配と臭いで遡っていた。


するともう既に人だかりができて騒ぎになっていたので、苦もなく探し当てることができた。


『まったく…なにしてるんだか……』


「はあ…」と溜め息をつきながらも意識を集中し、その場にいる人間の意識と記憶をいじる。と同時に、<スーパーパワーを手にした男>に顔を蹴り砕かれた若い男を巻き戻し、しかし原付バイクが転倒した時にできた擦過傷や打撲については敢えて残し、警察や救急が駆け付けた際に無駄足にならないようにする。


さらに遡って、黒塗りベンツのところに来た時には既に救急車とレスキューが駆けつけており、少々手間が増えてしまったことに頭を抱えつつもその場にいた人間の意識と記憶をいじり、サングラスの男の顔については、頬骨にひびが入った状態にまで戻すことにとどめ、黒塗りベンツの中の幼児については、チャイルドシートのおかげで僅かに隙間ができていたことで奇跡的に助かったという風に<演出>しておいた。


一人の男が素手で自動車を粉砕するという<謎の事件>となってしまったが、それについてはもう、目撃した人間の記憶違いということで、どのような方法を用いたのかは不明だが何らかの<武器>なり<道具>なりを用いて行ったことという流れに落ち着くだろう。


それ以上の整合性を持たせるのは非常に手間だし、完全になかったことにしてしまってはそれはそれで関わった人間全員の記憶を丁寧にいじらないといけなくなるので、そこまではやっていられなかった。


ちなみに、ベンツから滴っていた血に見えていたものは、<余興の為にサングラスの男が用意していた血糊>ということにしておいた。


まあ、何の余興なのかは深くは考えまい。サングラスの男自身、覚えのないそれに頭を捻ることになるだろうが、顔を殴られた際に記憶が一部飛んでしまったということで勝手に自分を納得させるだろう。


己の記憶に多少の齟齬があったところで勝手な想像で補ってしまう人間の<癖>が役に立つ。


で、改めて公園に戻ると、男はまだ地面に頭を突っ込んだまま気を失っていた。


「はあ…やれやれ。この人、三十過ぎくらいだよね。いい歳した大人がこれだもん。こんな大人の姿を見てたらそりゃ子供だって真似するよ」


などと独り言を呟きながら、男に憑いたエルディミアンを食い、傷を巻き戻し、記憶も、『何となくこんなことがあった』というだけを残して巻き戻した。


黒塗りベンツの件とひったくりの件については、目撃者もいるものの見た目の印象があまりに違っていたから、この男にまでは辿り着かんだろう。


男にとっては、<真夏の白昼夢>とでもいうものになったな。


己の記憶の一部が抜けていたり、辻褄の合わない記憶があったりする人間は、もしかしたらこういうことがあったかもしれんぞ?。


もしかしたらな。


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