坩堝

訳も分からず何本もの槍に体を貫かれて、男は死んだ。


見れば足元には無数の死体が転がっていて、男もその一つになった。


「何だこいつ? 変な格好しやがって」


「かまわねえ。どうせ敵だ。敵じゃなくてもこんなところにいるのが悪い」


男を槍で貫いた、血でぬかるんだ泥で人相さえ分からないくらいに汚れ、もはや申し訳程度に体に絡み付いているだけの鎧の残骸らしきものを纏った連中は、まるでゴミを見るような目で倒れ伏した男を見下しながら吐き棄てた。


そこに、


「おい! ぐずぐずするな! 手を貸せ!」


と苛立ち交じりの声が掛けられ、


「うるせぇ! 命令すんな!」


などと悪態を吐きながらそいつらは槍を手に走り出す。


そこは、戦場だった。と言っても、もはや誰が敵で誰が味方かも判然としない混沌とした乱戦の坩堝るつぼだったが。


そんな戦場の真っ只中に男は放り出され、突然現れた男に反射的に襲い掛かった連中によって滅多刺しにされたということだ。


戦場では躊躇った者から死んでいく。躊躇わなくても運の悪い奴は死ぬ。だから突然現れた男が何者だろうが連中には何も関係なかった。敵か味方か分からないからとにかく殺しただけだ。


運が悪いから死んだだけだ。


そんな風にしか考えない。


しばらくすると動く者は誰もいなくなり、ただ死体だけが地面を埋め尽くす凄惨な光景の中に、男の死体もあった。


いや、<死体>ではないがな。


なにしろ、指がぴくぴくと動いているのだ。そしてゆっくりと腹や胸が上下し始める。


「う……ゴォエッッ! ッガ、ハッ!」


血の塊を吐き出し、男は咳き込んだ。


「ごっは……っ! がはっっ!」


何度も何度も咳き込んで、喉に溜まった血の塊を吐き出す。


新鮮な空気を求めて、男は必死に喘いだ。


何本もの槍に体を貫かれたというのに、男は死ななかったのだ。


そう、これが、私が男に与えたチート能力、


<巻き戻り>


だ。なので厳密には『死なない』のではなく『死ねない』だがな。


頭を潰されようが心臓を潰されようが、必ず男がこの世界に現れた時点まで肉体は巻き戻る。


と、勘のいい奴はこの時点で気付いただろう。


『男がこの世界に現れた時点まで肉体は巻き戻る』


の意味を。


死ねば男の肉体はすべてその時点まで巻き戻るのだ。どれほど体を鍛えようと、どれほど技を磨こうと、な。


それまで積み重ねた物がすべて、パア、だ。


絶対に死なないんだから、せめてそのくらいの<ハンデ>は必要だよな?


ただし、記憶や知識だけは巻き戻らないようにしておいてやった。


さあ、このチート能力を活かして、いくら人間を殺してもお構いなしのこの世界を楽しんで来い……!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る