養護教諭
思春期真っ盛りの男子生徒からは憧れの目で見られたりもする、それなりに美麗な女だったが、かと言って飛び抜けて存在感があるというほどの人間でもなかった。こいつ程度の女など、世間にはいくらでもいる。<保健の先生>という肩書がその魅力をいくらか底上げしているだけだと言っても過言ではなかろう。
だがまあ、仕事ぶりは真面目で生徒からの評判も悪くはなかった。簡単なカウンセリングも行ったりするし、リビドーを持て余した男子生徒が迫ってきても取り乱したりもしなかった。
しかし、この時ばかりはそうはいかなかっただろうが。
ゴールデンウイークに突入しても何か特別する用事もなかったことで大人しく自宅マンションで怠惰な午前を迎えていたのだが、何やら外が騒がしいと思ってベランダから見下ろした時、異様な光景を目の当たりにしてしまったのだった。大きな犬が何十匹も走り回り、通りがかった人間に襲い掛かっていたのである。
大変なことが起こっていると思い警察に電話をしたものの、何故か話し中で繋がらない。何度掛けてもやはり繋がらなくて首をひねりながらテレビを視た時、そこにはさらに信じ難い光景が広がっていた。電話が繋がらなかったのは、あまりに通報が殺到した為に電話回線がパンクしたからだった。
普段やっている筈の番組ではなく、いわゆる報道特別番組らしいものになっていたそれが映し出していたのは、まるでヒーロー物の特撮に出てきそうな怪物が人間を襲う様子を、テレビカメラが捉えているという映像であった。
現場のレポーターもスタジオのアナウンサーも明らかに冷静さを失い、要領を得ないことを口走っているばかりで具体的に何が起こっているのかがさっぱり伝わってこない。しかし、異常なことが起こっているのだということだけは見れば分かった。
すると何故か、いてもたってもいられなくなって、佐久下清音は部屋着のジャージのままで玄関から飛び出していた。エレベーターを呼ぶのもじれったく階段を駆け下りると、一階と二階の間の踊り場に、少女が血まみれで倒れていた。確かこのマンションに住んでいる、吉泉中学校の生徒だった。名前は―――――。
「え…と、そうだ、
そう、その少女は、紫崎麗美阿だった。出掛けようと外に出たところに犬に襲い掛かられて重傷を負い、それでも辛うじて振り払ってマンション内に逃げ込んできたのだった。
「しっかりして! 紫崎さん!!」
佐久下清音はそう声を掛けながら、まずは止血しなければと傷口を見た。
「!!?」
だがその目は、驚きの表情をしたすぐ後に、悲しそうなものへと変わったのだった。
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