少年A

で、くだんの<ネット弁慶>は、身柄を押さえに来た刑事らを薙ぎ倒し、引きこもっていた自宅の部屋から逃走した。


他人からは教育熱心な<良い親>に見られていたそいつの両親は、単に自分の子供をロボットやペットのように己の思うままに操りたいが為に過干渉を繰り返してきたいわゆる<毒親>だった。


事情を知らん人間からすると息子の方が甘えているようにも見えるだろうが、それは自分の身に降りかかったことではないからそう思えるのだ。


まったく、人間というのはとにかく浅ましい。いつも正しく可哀想なのは己だけで、悪いのは常に他人と考えずにいられん性分だからな。


まあそれはいいとして、<ネット弁慶>は刑事が乗ってきたパトカーを奪い、二人を撥ね飛ばして走り去る。


ああ、これで、我が子をモノのように扱ってきた両親の人生も滅茶苦茶だ。くくく。さぞかし悔しかろう。後に押しかけるであろうマスコミに対してどう釈明すれば自分達が<愛していた息子に裏切られた可哀想な両親>に見えるかということを必死に思案している姿が実に滑稽だ。


くくく、ははは。


まんまと己の両親に意趣返しをしてみせた<ネット弁慶>(いや、今後、マスコミが使うであろう呼称に倣い<少年A>と呼ぶことにしよう)は、パトカーの中で歪んだ笑みを浮かべていた。


『そうだ! 俺には<力>があるんだ! この力で何もかもぶっ壊してやる!!』


いやはや、勘違いもここに極まれりだな。その程度の児戯にも等しい力で何かができると思っているとは、クォ=ヨ=ムイとしての意識が目覚めていないからとはいえ、実に情けない。


とは言え、相手が人間ならあの力は少々厄介だろうな。


「面白くなってきた~!」


パトカーの車載カメラを乗っ取り<少年A>の姿を見ながら石脇佑香いしわきゆうかが楽し気に声を上げる。


まさかここまでの騒ぎになるとは思っていなかったことで、余計に面白がっているのだろう。


だがこの時、私は<少年A>とは別の、普通の人間ではない者の気配を感じ取っていた。


『何か、いるな』


石脇佑香が乗っ取った車載カメラの、外に向けられた方のカメラ映像を見ていた私が声には出さずに呟くと、猛スピードで市内を抜けて山道へと入っていったパトカーの前に、突然、立ちふさがるように人影が現れた。


にも拘らず、<少年A>は速度を落とさない。完全にこのまま撥ね飛ばすつもりだった。


笑みの形に歪んだ唇の端に泡が立っている。気分が高揚しすぎて正気を失っているのだ。


だが、自らの方に突っ込んでくる自動車に対して、立ちふさがった人影の方にもまるで焦りは見えない。


スーツ姿の痩せた中年サラリーマンにも見えるそいつの手には、いつの間にか長い棒、いや、木刀が握られていたのだった。


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