メンタリティ
彼が人間の遺体を貪り始めたのは、あの日から三日が過ぎた頃からだった。その頃にはもう、抵抗感すら失われていた。だから平然と食べることができた。
<現代の多くの人間は人間を食べることに強い抵抗感と嫌悪感を感じるという知識>は残っているけれど、彼自身の中にはその感覚はもうない。彼にとっては人肉も牛肉も豚肉も鶏肉も魚肉も同じになっていた。
そんな彼が人間の遺体を食べる理由……
それは、栄養補給ということ以上に、
『彼女達にこの悲惨な遺体を見せたくない……』
というものが一番だった。見せたくないだけなら埋葬すればいいと思うけれど、何故か彼は<食べる>という方法を選択してしまった。
これも、彼がもう、<
メンタリティそのものが完全に切り替わってしまったという証拠だった。
あれほど、人間としての矜持に拘っていた
これが、クォ=ヨ=ムイの眷属になるということなのだろう。
人間がどれほど気力を振り絞っても、精神的に抵抗を試みようと、すべては無駄なのだ。
宇宙そのものを破壊することも生み出すことも造作もないような存在の前では。
綾乃達を助けたいという<気持ち>だけが、残滓のように僅かに残っているだけだ。
それすら、遠からず消えてしまうかもしれない。
無残な遺体を次々と平らげながら、
『いずれ僕は、彼女達を食いたいと思ってしまうのが自分でも分かる……
それまでに彼女達が生き延びられる環境を作らなければ……』
そのためには、今の地球がどうなっているかを確かめる必要がある。
まずは触角の感度を上げて周囲の状況を探る。
だが、半径百キロを超えてさえ、こことほぼ状況は変わらなかった。無事な都市など一つもない。
急峻な山に囲まれた一部の小さな集落などは、建物は倒壊していたものの、生き延びた人間達が避難生活を営んでいるのが察知できた。
逆に、都市部の人間達は、便利な生活に慣れきっていたからか、ただ茫然としつつ救助を待つだけで、自分の力で生き延びようとする者はむしろ少数派だった。
故に、怪我を負った者、病に罹った者から次々と死んでいくのも分かる。あまりのことに精神を病み、自ら死を選ぶ者さえいた。
まったく展望が見えない。
そこで
高く、高く。
雲を超え、僅か数十秒後には成層圏にまで至った。
そこから地球を見下ろす。日本列島と、その周辺の地域が一望できる。
だが、彼の赤い四つの目に捉えられたのは、やはり文明と呼べるものが何一つ残されていない、ただただ荒れ果てた地球の姿なのだった。
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