外伝・弐 ツェザリ・カレンバハの人生

ブリギッテ・シェーンベルクとその赤ん坊を惨殺したツェザリ・カレンバハについても少し触れておこう。


彼は、いわゆる私生児だった。彼の母親は大きな力を持った商人の愛人の一人で、子供ができた時点で少しばかりの金を持たされて捨てられた。その後の母は、何人もの男の間を転々としながら彼を育てた。しかも次々と父親も分からない子を宿していたこともあり、彼の記憶にある母の姿はいつも大きな腹を抱えて面倒臭そうに自分を見る<売女ばいた>そのものだった。


母親は大きな腹を抱えて彼を奴隷のようにこき使った。糞の後で尻を拭かされたことさえある。それでも、普段から優しくしてくれたなら彼の方も大きな腹を抱えて尻を拭くのもままならない母の為にと思えたかもしれない。だが実際には、


「この為にお前を産んだんだよ! さっさとしろ!」


と怒鳴りながら命令したのだ。しかもすぐにやらなかったということで、暖炉の炭を掻き出す火かき棒で殴られもした。その時にできた額の傷を隠す為に髪を伸ばしているというのもある。


だから彼にとって腹の大きな女性は、自分を虐げ苦しめる<魔物>なのだ。彼の最初の標的は、自身の母親だった。しかも母親が彼に刺されて死んだ時、母親は赤ん坊を産み落とした。それを見たことで、彼にとって胎児は、<母親を魔物に変えた悪魔そのもの>という認識になった。


そう。彼にとって妊婦殺しは、魔物や悪魔を狩るという、<自らに与えられた使命>だったのだ。


彼は、『悪魔から人間を守る為に正義を執行していた』のである。


だが―――――


もし、彼の母親が彼に優しくしていたら。


もし、誰かが彼の認識を改めさせられていたら。


そういう<たられば>を並べても起こってしまったことは変えられない。しかし、そういう事件を教訓とすることはできるのではないだろうか。


実の母親を殺害した後も彼は妊婦殺しを続けた。すると不可解なことに、犯行に使っていた大きなナイフがいつしか彼の手に吸い付いて離れなくなり、やがてナイフを包み込むようにして皮膚が伸び、さらにナイフの刃まで、成長するかのように長く分厚く鋭くなっていったのだった。


いや……それは彼がそう認識していただけで、もしかするとその<ナイフ>そのものが、最初から彼の手に生えたものだったのかもしれない。初めのうちはそれを出し入れしていたが、彼自身が面倒臭くなって出しっぱなしにすることで、戻し方を忘れてしまったのだろうか。


それほど、彼はそのナイフを使いこなしていたのだ。


が、ブリギッテ・シェーンベルクとその赤ん坊を惨殺して半年ほど経ったある日、今度は自らが<浮浪者狩り>の少年達に殺されて、連続妊婦殺しの犯人ツェザリ・カレンバハはその正体を知られることなく事件は終息することとなった。


強力な武器であるナイフを使う暇もなく背後から棍棒のようなもので殴られ昏倒した彼を、殆ど人間の形を留めなくなるまで少年達は滅多打ちにし、そのことで彼の右手から生えた巨大なナイフも根元からへし折れ、単に右肘から先のない男の死体の一部が、恐ろし気なナイフと共に発見される形となったのである。


なお、連続妊婦殺しの容疑者として何人もの人間が逮捕され、中には警察による拷問や、犯人と思い込んだ遺族によるリンチで惨殺された者もいるのだが、それらもすべて闇へと葬り去られることとなったのだった。




ツェザリ・カレンバハ。連続妊婦殺しの真犯人。浮浪者に紛れて逃亡中に、浮浪者狩りの少年達の襲撃を受け死亡。享年、三三歳(推定)。死因、鈍器によって全身を殴打されたことによる外傷性ショック。


その遺体は、後に野犬に食われてバラバラになり、大半が持ち去られたそうである。




とまあ、こんな感じだな。


もっともこの時、もし野犬に食われることがなければ、精々数日で回復し、再び己の信じる<正義>のままに妊婦を殺し続けただろう。


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