見える筈のないもの

「僕、本当はホラーって書くの苦手なんですよね」


「そうなんだ? まあ確かに君の書くのはホラーっていう感じじゃないよね。


でも、なんで?」


「たぶん、オカルト的に怖いものがないからですよ。僕が怖いのは結局、スケジュールとか契約とか、決められたことが守れないことについてだけで」


「あ~、そういうことね」


「リアルの存在するものにしか怖いものがないから、オカルト的な恐怖ってのがピンとこない。自分が怖いと思ってないから怖そうに書けない」


「なるほどなるほど。


でも、それなら自分がリアルに怖いものを描いてみたら? ホラー=オカルトって考えるんじゃなくてさ」


「そうやったら怖くなりますかね?」


「いやあ、どうだろう。怖いというよりは『身につまされる』って感じになるかもね」


「それ、ホラーじゃないですよ」


「確かに(笑)。でもさ、自分ってものの存在とかを疑ってみることでゲシュタルト崩壊的な恐怖とかっていうのもあるんじゃない?」


「自分は何者か?ってのを考えすぎて自我が崩壊するってパターンですか? でも僕、自分が何者かなんて別に興味ないんですよね。と言うか、自分が何者であってもどうでもいいんですよ。自分が何者であろうが、たとえどこかの誰かが空想してる想像の中だけの存在だったとしても、別にいいんです。


もしそうだったとしても、僕は僕ですから」


「強いなあ」


「僕自身は弱いですけどね」




などという会話が、赤島出姫織には聞こえていた。見れば、喫茶店の窓に向かい合ってテーブルに着いている二人の男の姿がある。しかし、窓にはその姿が映っているというのに、実際の店内のテーブルにはそれらしき客の姿はなかった。


『またか……』


春休みに入ったこともあり、気分転換に街をぶらついていた赤島出姫織あかしまできおりは辟易した様子で声に出さずに呟く。


最近、こういうものが時々見えて、聞こえるのだ。


それは、いわゆる<幽霊>の類ではない。この宇宙に記録された、<どこかのいつかの地球の情報>が、たまたま再現されてしまっているだけである。


普通の人間には見ることはおろか感じ取ることもできないのだが、たまにそれが見えてしまう人間がいる。赤島出姫織には元々その資質があったのだろう。しかも魔法の力を再び得てしまったことで、余計に見えるようになってしまったのだ。


これ自体は特に害のないものである。よくある、点けっぱなしになったテレビやラジオから映像や音声が垂れ流しになっているのと同じだと思えばいい。


ただ、稀にいるのだ。その<見える筈のないもの>が見えてしまっていることで精神に変調をきたす奴が、


「話しかけるな……俺に話しかけるな……!」


この時も、赤島出姫織の近くを通りがかった一人の若い男が、そんな風にぶつぶつと独り言を口にしながら、不穏な気配を放っていたのだった。


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