理由

黒迅の牙獣トゥルケイネルォは、任意の空間そのものを<足場>にすることができた。だから彼は『飛んでいる』のではなく、あくまで『空中に立っている』に過ぎない。


そんな余談はさて置いて、彼は、便利な生活に慣れ切った人間が普通に暮らしていくことができそうな場所を探した。


音速を遥かに超えた速度で走りながら。


けれど、そんなものはどこにもなかった。


地球上の、特に人間が多く住む都市部を中心に現れた三百体の<一つ目の怪物>を倒すために、神河内錬治かみこうちれんじ達は、あらゆる地域に現れ、動き回ってきた。衝撃波のことに気付いてからなるべく被害を小さくしようと気を付けたものの、それも無駄な努力だった。秒速二千キロメートルで動き回っていたところを秒速千キロメートルにしたところで、気休め程度にしかならなかったのだ。


それによって発生した衝撃波は、実に地球の表面の九十八パーセントを舐め尽くし、それまで人類が営々と築いてきた文明のすべてを、薙ぎ払い、打ち払い、破壊し尽くした。


この未曽有の大災害による死者は九十七億人に上り、総人口の約九十七パーセントの命が喪われた。僅かに生き延びた者達は、たまたま地下街などにいて、かつ、生き埋めにならずに地上へと戻れた者や、周囲を高い山に囲まれていたことで衝撃波が減衰し、建物は倒壊したものの人体そのものまでは破壊されずに済んだ、小さな集落に住んでいた者などがほとんどだった。


あるいは、北極や南極といった極地か。


しかし、極地にいて無事だった者達も、物資などの支援が受けられなくなったことで、遠からず死に至るだろう。


それでも、氷さえしっかり張ってくれていれば歩いてでも移動できる北極についてはまだ生き延びられる可能性は万に一つあったとしても、南極は迎えの船や飛行機などがこなければ、脱出する手段もない。


こうして、百億の人間が溢れかえっていた地球の文明は滅んだのだった。


『……どうしてこんなことをしたんですか……?』


成層圏を走り回り、地球上のあらゆる場所を見て回った黒迅の牙獣トゥルケイネルォは、声には出さずにそう問い掛けた。


すると、いつのまにか彼の背後に立っていたクォ=ヨ=ムイが応える。


「その理由を問うてどうする? お前は、台風が何故発生したのかと、台風そのものに問い掛けるのか? そんなことを問い掛けて答えが返ってくると思っているのか?


私は、お前達が言うところの<神>だ。この世界の理そのものだ。お前達にとって私は自然そのものであり、理不尽で不条理で圧倒的な存在だ。お前達の理屈で私を測ることはできん」


「……」


「ただまあ、一つだけ教えてやる。地球そのものの収支バランスがな、もうどうしようもない状態だったのだ。


今回の地球は、これまでにない勢いで人間が増えすぎてしまった。


百億はさすがに多すぎたということだ……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る