赤島出姫織の真実

「日本が治安良いというのは本当ですね。私が以前いたところで若い女性がベンチで寝てたりしたら一時間と無事ではいられませんよ」


まあ正直口から出まかせだったが、世間知らずの小娘にはこれで十分だろう。


「…え? え、と……夢…なの…?」


私の言ったことはあまり頭に入らなかったらしく、赤島出姫織あかしまできおりは茫然と呟いていた。その前で私は首をかしげて困惑してる風に振る舞ってやった。山下沙奈の仕草を真似てみたのだ。


私がそうやって赤島出姫織の相手をしていた頃、月城こよみは例の白いワンボックスカーを、髪を翼に変えて空から追っていた。もちろん人間からは認識されないようにしている。


広田ひろた今川いまかわの覆面パトカーを振り切ったとはいえ、既に非常線が張られ、誘拐犯共にはどこにも逃げ道はなかった。そこで奴らは地下駐車場に車を入れて、車内に消火器を噴射。指紋等が検出できないようにとの工作だろう。そこから徒歩で逃走し始めた。


しかし月城こよみはその様子をスマホで警察に通報する。


その上で、バラバラに逃げた男達のうちの一人の前に降り立った。


「ガアッ!!」


月城こよみの姿を見た瞬間、その男の目が真っ赤になり体中からハサミに似た刃物が伸びる。ゲベルクライヒナだ。


もっとも、山下沙奈のものほど良質の殺意ではなかったからか、大した奴ではなかったが。ゲベルクライヒナにとっての良質な殺意とは、我慢して我慢してその果てに限界を超えて溢れ出す殺意なのだ。普段から殺意を垂れ流してるような奴のそれでは力にならん。


「ふっ!!」


短く呼気を吐きつつ、月城こよみは易々と刃を躱してみせた。


その次の瞬間には、ゲベルクライヒナを真似て髪を変化させた月城こよみの刃にズタズタに切り裂かれ、一瞬で肉片に変わり果てる。この程度の奴であれば月城こよみが作った刃でさえその切れ味で圧倒できる。呆気ないものだ。


その上で人間部分だけを巻き戻し、こいつらが乗り捨てたワンボックスカー脇に放り出してまたスマホで警察に通報する。こいつが捕まれば他の奴らも芋蔓式で捕まるだろう。後は人間の仕事だ。私らには関係ない。


私と月城こよみが動いたのは、このゲベルクライヒナの気配を感じ取ったからだった。最初は月城こよみ一人に任せてたのだが、こいつらが赤島出姫織を拉致したことで私も呼び出されたのだ。まったく世話が焼ける奴らだな。


「赤島出さん。大丈夫ですか?」


少々白々しいと自分でも思いつつも、学校での私のキャラを維持する。さすがに今の状況を考えればさっきのことは夢だったんだろうと自分に言い聞かせたであろう赤島出姫織は、ようやく落ち着いた様子を見せていた。だがそれでも、私とは目を合わせようとはしない。おそらく、月城こよみの首を絞めて殺した事件のことを思い出すからだろう。私の姿は、月城こよみそのものだからな。


黄三縞亜蓮きみじまあれんもあの事件のことは夢だと思ってたくらいだ。こいつも同じだと思っていた。だがこいつは、意外なことを言いだした。


「あなた達、なんなの…?」


なんなのと言われても返答に困るが、貴様、何を言っている? するとこいつは、意を決したように私に言った。


「さっきのもあなたがやったんでしょう? 死んだと思ったら生き返ったり、同じ姿した人が他にも出てきたり、あなた達、一体なんなのよ!?」


何だと…? 貴様、自分の目の前で起こっていることを理解していたのか。これは意外だ。


「…貴様、私と月城こよみが同一人物だと気付いていたのか…?」


いきなり口調を変えた私に赤島出姫織がハッとなってつい私を見てしまった。その目には明らかな恐怖が張り付いていた。


「…やっぱり、そうだったのね? なんであなた達みたいな怪物が人間のふりして学校なんかに来てるのよ…?」


ほほう? そういう認識だったか。ただの人間風情にしてはかなり的確じゃないか。だがそう思った私に対して赤島出姫織の言ったことは、私の想定をも超えていた。


「あなた達みたいなのと関わりたくなかったから魔法学校辞めたのに、なんで私の前に現れるのよ!」


…はい…?


「今、何と言った?」


そう問い掛けた私の前で、赤島出姫織は『しまった』という表情で自分の口を押えていた。


「貴様、今、魔法学校とか言ったな? 確かに聞いたぞ。どういうことだ?」


魔法学校。読んで字のごとく、魔法を学ぶ為の学校だ。地球の人間はフィクションとしてしか知らんが、この宇宙には魔法も魔法学校も実在する。奴らは地球のように科学を追求するのではなく、魔法を追求した惑星の種族だ。もっとも、魔法と言っても当然、私達の側の存在を利用しその力を使役する為に人間が編み出した<技術>でしかない。この地球ほしにも多少干渉してきてるのは気付いていたが、まさかこんな近くにその関係者がいたとは、私も驚いたよ。


魔法学校を辞めて力も完全に封印していたのか。だから私にも気付かれなかったのだな。本来の私に戻ればその程度のごまかしなど意味はないが、人間の肉体を持った今の私ではそこまでは知覚できん。なかなか大したものだ。


だが、一口に魔法学校と言ってもいろいろなものがある。それこそ本当に頭の中に花が咲いてそうな甘ったるいものから、敵を呪殺することのみを徹底的に追及するようなのまでいろいろだ。貴様が通ってたという魔法学校は、どんなものかなあ?


しかしそれきり、赤島出姫織は黙ってしまった。二度と私に視線を向けようとしなかった。まあいい。その態度と、私達のような化物を相手にしたくなかったというさっきの言葉でおおよその見当はつく。しかも月城こよみに嫉妬してエヴィヌァホゥァハを呼び寄せるわ自分が憑かれてることにも気付かないわだからな。辞めて正解の落ちこぼれだったんだろう。


それにしても、相変わらず魔法使い共も懲りん奴らだ。他の世界、いや惑星にまで手を伸ばして人手を集めて、私達に喧嘩を売るか。所詮は奴らもただの人間に過ぎんからな。ちょっと力が使えるからといって勘違いする習性は変わらんということだな。


とは言え、こいつ自身はもう魔法使いではないようだし、今日のところは見逃してやろう。


「赤島出姫織。貴様が月城こよみに対してやったことを、私は忘れてはおらぬぞ? お前は私が自分の前に現れたと言ったが、因縁を作ったのは貴様の方だ。余計なことをしなければ私は貴様などに構いはせん。わざわざ自分から喧嘩を売っておいて今さら被害者面するとか笑止千万。が、今後大人しくしてると言うならお望み通り放っておいてやる。今後、何があろうと自分で何とかするがいい」


目を背けたままの赤島出姫織を残し、私はその場を立ち去った。家に帰ると山下沙奈と新伊崎千晶にいざきちあきが待っていた。月城こよみはそのまま家に帰ると言っていた。


「おかえりなさい。晩御飯の用意しますね」


山下沙奈はそう言い、


「おかえり…」


新伊崎千晶は相変わらず不貞腐れたような態度でそう言った。それでも、こいつの母親が驚いていたように、挨拶をするようになっただけでも大きな変化なのだろう。


三人で夕食をとり、それから風呂に入った。やはり新伊崎千晶は私と一緒に入った。私が髪を洗っていると、湯船に浸かったこいつが、


「それ、メンド臭くねーか?」


と訊いてきた。


「面倒臭いな。だが、私にとってはこれも遊びのようなものだ。飽きればまた髪型を変える。それだけだ」


素っ気ない私に、新伊崎千晶は「ふ~ん」と相槌を打っただけだった。


風呂の後は三人で宿題を済ませる。それから夜の九時前に新伊崎千晶が自分の家に帰った。今日も家まで私が意識を繋げておいてやった。もしまたこいつに恨みを持つ奴が現れたらと思ったが、そうそう毎日は来ないか。


することもなくなった私と山下沙奈は、十時前には一緒に寝てしまったのだった。


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