外伝・壱拾陸 JSDF、深淵と対峙する
その日、海上自衛隊の最新鋭イージス艦<れいわ>は、奇妙な現象に対峙していた。乗艦している隊員による目視では間違いなく捉えられている<未確認飛行物体>が、最新のイージスシステムではまったく捉えられないのである。
「まさか、集団幻覚というわけでもなかろうに……」
れいわ艦長の
「艦長、隊員達が動揺しています。このままでは……」
副長兼船務長
倉森自身、対応策が出てくるとは思っていないものの、艦長に指示を仰がずにいられない。
その二人の視線の先にあるモニターには、やはり何も映っていなかった。だが、この二人も、CIC(戦闘指揮所)に入る前には確かにその<未確認飛行物体>を視認している。
「レーダーにもカメラにも映らない以上、我が艦の装備では事実上対処できません」
同じくCICで火器管制の責任者だった
彼ら叩き上げの海上自衛官でさえただ困惑するしかできないその<未確認飛行物体>は、一見すると茶色い飛行船にも見えた。だが、よく見なくてもそれが飛行船などでないことは分かるだろう。何しろその胴体部には無数の<目>があり、それと同じように六本から八本の指を備えた、人間のそれに似た腕が無数に生えていたのだから。
しかもそれらはただの模様や飾りではないこともすぐに分かる。無数の目はぎょろぎょろと周囲を見回し、無数の腕は空中にある何かを掴まえようとしてかせわしなく動いていたのだ。
見ているだけで精神的な安定を失わせるかのような奇怪な<何か>だった。
その<何か>からも明らかに<れいわ>は見えていると思われるのだが、あちらは興味がないのか、視線を向けてくることすらない。見たとしても一瞬だ。
一体、何を探しているというのか……
そうして、得体のしれない<何か>と対峙すること三十分。とうとう隊員の一人がその異様なものが放つ気配に堪えられなくなったのか、
「見るな! 見るなああっっ!!」
と叫び、手にしていた小銃をそれに向けて放ってしまった。
「今撃ったのは誰だ! 発砲の許可は出してないぞ!!」
副長の倉森がインカムを掴んで怒鳴る。だがそれ以上に、隊員達の間には動揺が広がっていた。この発砲により、その<何か>が反撃に出るかもしれないと考えたからだろう。
見たところダメージを与えられたようには見えなかったものの、その<何か>は、さすがに自分を攻撃したイージス艦のことが気になったのか、無数の目が一斉に<れいわ>を睨み付けた。
瞬間、デッキ上で監視していた隊員達がバタバタと倒れた。
辛うじて持ち堪えた者達も、強い眩暈を感じ、立っていることができずに膝をつく。
「何だこれは? 攻撃だとでもいうのか!?」
カメラでその様子を見た倉森が声を上げたのが引き金になったのか、
「うわあっ!」
とCIC内で声が上がり、VLF(垂直発射システム)が解放され、ミサイルが発射された。担当していた隊員が、極度の緊張に耐え切れず勝手にスイッチを押してしまったのである。<何か>から攻撃があればすぐさま反撃出来るように準備されていたのが仇になった形だった。
しかし、レーダーに捉えることができずロックオンもしていない状態でミサイルが発射されるものだろうか?という疑問はあるものの、とにかくミサイルは発射されてしまったのである。
すると、ロックオンされていないはずにも拘わらずミサイルは真っ直ぐ<未確認飛行物体>に向かって飛び、直後、それは巨大な火球と化して爆散したのだった。
「は……?」
映像でミサイルが爆発したのを目撃した倉森が、呆気にとられて声を出す。それは、その光景を見た全員の反応だっただろう。
映像では何もないところでいきなりミサイルが爆発したのだ。まるで自爆でもしたかのように。
その一件は、すぐさま大きな騒ぎとなった。作戦行動中でもなかったイージス艦がミサイルを発射し、それが空中で爆発したのだから。しかもそれを、数キロ離れたところで漁をしていた漁船の乗組員が目撃したのである。さらにご丁寧に、スマホで映像にまでおさめられていたとなれば、騒ぎにならない方がおかしいだろう。
時の政権の足元さえ揺るがす大事件であったが、その原因となった謎の<未確認飛行物体>については、明らかにされることはなかったのである。
で、まあ、結論を言えば、この時、イージス艦が遭遇したのはもちろん<化生>の一種であり、ハリハ=ンシュフレフアの眷属であり偵察役の、ノボォエ=ノヌゥルオイグッェスであった。
しかし、レーダーにも映らずカメラにも捉えられずなので何一つ証拠が残らず、この時の艦長はじめ指揮に当たった者達は軒並み処分を受ける羽目になったそうだ。
が、それで済んだのは幸いだったかもしれん。
結果としてはミサイルで撃破したから、生き延びられたのだからな。
しかしなぜミサイルが<見えない相手>を捉えられたのかは、謎のままだったそうだ。
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