Circumstances
いろいろあり過ぎて疲れ果ててしまったのだろう。風呂から上がりバスローブを身に着けてベッドに倒れ込んだ途端、月城こよみは寝息を立て始めた。髪を乾かしてないから寝癖が大変なことになりそうだが、まあ何とでもなるだろう。月城こよみ側に引っ張られてか私もものすごく眠い。いろいろやらなきゃならんこともあるが、それは朝以降ということになりそうだ…
と、思考中に意識が途絶え、気付けば朝になっていた。
『やれやれ、昨日は酷い一日だったな』
私がそう呟くと、
「おはよう…」
と月城こよみが応えてきた。やはり状況は変わってないか。睡眠をとってリセットすればあるいはというのも思わないでもなかったが、やはり無理だったようだ。
「うわ~、ヒドイ寝癖……シャワー浴びた方が早いかな」
時間はまだ六時前。四時間程度しか寝てない筈だが恐らく力が使えることで短時間でも回復できるのであろう月城こよみが鏡を見てそう言うと、ドレッサーの前でバスローブを脱ぎ捨てて全裸のままで部屋を横切り風呂場に入った。いくら祖母がまだ寝てるとはいえこの辺りの性的な鈍感さは以前と変わってないようだ。さすが私。
『思ったよりも落ち着いてるな。昨日は随分と取り乱してたが』
私が問い掛けると、すかさず応える。
「そりゃね。人間だったらあんなもんじゃないの? だって、私まだ中学生だよ?」
憮然とした態度でそう言う月城こよみに私はさらに問い掛けた。
『どこまで覚えてる?』
短い問いに、返ってくる答えも短い。
「たぶん、全部」
全部となれば、当然、
『両親のこともか?』
と問い掛けると、黙り込んでしまった。
「……」
まあいい。沈黙が答えか。相当、不満なようだが、念のために言っておいてやる。
『残念ながら今のお前では巻き戻しはできないだろうな。既に一週間以上経っている』
シャワーを終え、タオルで頭を拭きながら月城こよみは、
「分かってる…」
と呟くように応えた。それに対して私はなおも問い掛ける。
『私を恨むか?』
その言葉には頷きながら、しかし月城こよみは体を拭きながらはっきりと言った。
「そうだね……でも、もう一人のあなたなら余裕で生き返らせることができるんでしょ?」
ふん。いい度胸だ。だが、問題はそれだけじゃない。
『向こうが以前のままならな』
可能性は低いが、私の方がこんなことになっているなら向こうにも何らかの変化が生じている可能性はゼロではない。もっとも、こんなことがそうそう起こる訳もないからまあ心配はないだろうが。
「じゃあ、いずれタイミングを見てお願いする」
ほう? 思った以上に冷静だな。少し感心しつつ私は言う。
『多分、聞き入れてはもらえんだろうがな』
そうだ。クォ=ヨ=ムイに慈悲の心はない。同情もしない。ただ時折、気まぐれを起こすだけだ。
「それ、同じだから分かるっていうこと?」
体を拭き終え、今度はドライヤーで髪を乾かしながらの月城こよみの問い掛けに、私は短く答えた。
『そうだ』
しかし、月城こよみは動じなかった。動じることなく言った。
「でもお願いする。聞き入れてもらえるまで。だって私はあなたなんでしょ? 自分がそうしようって思ったらやるよね」
全て分かった上で言ってるのだというのが伝わってくる。が、私はそんなに甘くない。甘くはないが、望みが無い訳でもないのは確かだ。何しろ気まぐれな奴だからな。
『何だその根拠のない自信は。だが、さすが私だな。嫌いじゃない』
全く。昨夜あれだけメソメソ泣いていた奴とは思えんな。まあいい。ウジウジされるよりはマシだ。だがな。
『だがもしお前のその自信が、ちょっとばかり人間とは違う力を使えるからだとしたら、とんだ思い上がりだぞ。本来の私の力はそんなものじゃない』
念の為、力尽くで何とかしようとか思ってないのだということだけは確認させてもらう。
「それも分かってる。無理矢理とかそういうのじゃないから」
一応は身の程をわきまえてるらしいことは確かめられて、私は言った。
『それならいいがな。まあ精々頑張ることだ』
髪が乾き、裸のままで風呂場から出て、月城こよみがクローゼットの前に立つ。その様子に私はふと思った。
『随分と堂々としてるが、
その問い掛けに全身に怖気と寒気と嫌悪感が走り抜けるのが分かった。自分で自分を抱きしめるようにして月城こよみが言う。
「ちょ、やめてよ。せっかく忘れてたのに…!」
まあさすがに失念してただけか。しかし。
「でも、あの人は本当に気持ち悪いけど、何となく今は大丈夫だって気がするんだよね。ホントに何となくだけど」
なるほど、何となくか。分からんでもない。私も根拠はないが今は大丈夫だという気はしている。
下着を着けて制服を身に纏い、月城こよみは祖母を起こした。
「お祖母ちゃん、朝だよ。朝食頼む?」
「あ、ああ、そうね。お願いしなくちゃ」
目を覚ました祖母がルームサービスを頼む間、学校の準備を再度確認する。ルームサービスで届けられたサンドイッチを食べ、歯磨きを済まして月城こよみは学校に通う為に部屋を出ようとする。
「行ってきます」
その孫娘に対して祖母は、
「今日も刑事さんたち来るから、遅れないでね」
と声を掛け、それに対して「分かってる」と素っ気ない返事を返してエレベーターに向かって歩き出す月城こよみを私はただ黙って見ていた。
私の視覚は、月城こよみが見ているものを共有するだけでなく、その姿を俯瞰で見ることもできた。極めて限定的だがその程度のことはできるようだ。他にもできることはあるのか、おいおい確認していくことにしよう。
地下駐車場に着くと、既にハイヤーが待機していた。運転手はそのままだ。だが、「おはようございます」と声を掛けた月城こよみにし対して帽子を目深に被り直接目を合わせないようにして「おはようございます」と応えた。相当気まずそうだ。当然と言えば当然か。
一方、月城こよみの方も、昨日の記憶が残っているとなれば、五歳位の頃の体から今の体に至るまでをしっかり見られてしまってる訳で、こちらも相当気まずいのだろう、運転手を正視しようとはしなかった。顔も若干赤い。事情を知らん人間が見ればお互いに意識してるようにも見えるかも知れんが、全然そんなロマンチックな話ではないのが皮肉だな。下衆な意味では色気のある話かも知れないが。
それから特に会話もなく、微妙な空気を保ったまま、ハイヤーは学校へと到着した。昨日よりもさらに早い。渋滞がマシになってきているからだろう。悪目立ちは今日も変わらない。くすくすと笑う者、ひそひそと声を潜めて噂話をするもの、やはりまだ携帯で写真を撮る者までいる。当分、この状態は続くのだろうな。
門の前に立つ教師の数も多い。山下沙奈が巻き込まれた事件のこともあり、マスコミがまだ遠巻きに取材を行っている。だが、
教室に入るとやはり挨拶は無く、それどころか失笑のようなものすら漏れ、机の中には今日は昆虫の死骸が入れられていた。蜂と蝉だな、この為にわざわざ拾ってきたのだとすればご苦労なことだ。しかし月城こよみは慣れたもので、またゴミ箱を持ってきて机を傾けて机の中のものを捨てた。ように他人には見えただろう。だが実際にはゴミ箱に入る前に虫の死骸は姿を消したのだ。
『転移させたな?』
私が問うと、
『だって何だか可哀想だったし、せめて外の木の根元なら土に還れるでしょ』
と、月城こよみが頭の中で応えた。可哀想とかはどうでもよかったのだが、こういう細かい力の使い方ができるとかいう点に、私は少なからず感心していたのであった。
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