そんなお前達のことが

「何をやっとるんだ、お前は」


トイレでの一件でエニュラビルヌの姿に戻り、人間達の目を欺いたはいいが、咄嗟のことで着ていた服が破れてしまいどうにもできなくなった肥土透は、部室を住居代わりにしている私の下へとやってきて事情を話し、服を巻き戻させた。


「すんません。本当に」


「すんませんではないわ!。今日はたまたま機嫌が悪くなかったから手も貸してやったが、いつもいつも私が尻拭いをするなどとは思うなよ?」


「はい、それはもう重々承知してます」


服のことまでは気が回らなかったくせに限定グッズが入った紙袋だけはしっかりと持ち、私が服を巻き戻すまでそれで体を隠していた肥土透が反省の弁を述べる。


それが本気かどうかはさて置いて、実際、私はこの時点では機嫌は悪くなかったのでな。まあこの程度のことで目くじらを立てる気にもなれんかった。


石脇由香が着々と怪物化していってることに満足していたのだ。


無論、肥土透も月城こよみもそんなことは知りもせん。鏡に焼き付けられた石脇佑香のことは知っていても、人間だった頃のことを忘れているからその変化を認識できんのだ。


いや、厳密に言うと月城こよみの方は思い出しているのだが、以前の石脇佑香についての印象が薄くてよく分からないと言った方が近いか。


しかしとにかくこの後、石脇佑香は世界を滅ぼしかける訳で、私としてはその予感に心地好いものを感じていたのは事実である。


服の巻き戻しが終わったちょうどその時、部室のドアが開け放たれた。


「あれ? 肥土君、来てたんだ」


月城こよみだった。月城こよみは後ろ手にドアを閉めつつ部室に入り、私の前に腰かけた。


「ちょっと聞いてよ。今日、変なのに憑かれた人がいてね。絡まれちゃったんだよ!」


と、<スーパーパワーを手にした男>について話し始めた。この辺りはやはりただの中学生女子だな。


確かに、中学のクラブの部室に集まりこのように話をしているだけなら、私達はごく普通の中学生の集まりに見えるだろう。


だがその実態は、宇宙すら滅ぼしかねん邪神と、その邪神の<落とし子>と、<化生の肉体を持った元人間>なのだから、考えようによってはここは危険な者共の巣窟と言えるな。


それが日常の中に当たり前に潜んでいるのだ。そして、人間は誰一人気付いてはおらぬ。その事実がまた私を愉快な気分にさせてくれる。


ククク…


カカカ…


愚かな人間共よ。お前達の安寧はまさに薄氷の上にあるのだと気付かぬ者共よ。


私はそんなお前達のことが愛おしくてたまらん。


それこそ、頭からしゃぶりつくし齧ってしまいたいくらいにな。


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