いつまでも待ってる
誰にも認識できない存在になった私の傍らに、何者かが近付いてきた。だが私にはそれが誰か分かっている。
「お前か…」
そう呟いた私の前に、月城こよみが、いや、月城こよみの姿をしたクォ=ヨ=ムイが立っていた。そう、人間としての月城こよみの中に微かに残った力となって消えた、もう一人の私だ。私もこいつと同じになってしまったということだ。
「全部見させてもらってたよ。お前が見てなかった部分も全部な」
そうか、ということは、私が見てなかった部分もお前が語ってくれたのだな。
「まさかお前までこうなるとはね。もっとも、私らしいと言えば私らしいが」
「まあな。今ならお前の気持ちも分かる気がするよ」
「しかし、これで結局、奴が一人勝ちということか…」
「癪に障るが、仕方ない。さすがは私ということだ」
もう一人の私が言った<奴>とは、当然、ショ=クォ=ヨ=ムイのことである。
…いや、そうではないか。これからは奴がクォ=ヨ=ムイなのだ。
いずれ私達も奴と一緒になる。そして新しい私として変化していく。とは言え奴も私なのだから、別に任せておいても問題ないだろう。なにしろ私への嫌がらせは済んだのだ。奴にはもう、人間そのものをどうにかしなきゃならん理由がない。だから私同様、よろしくやってくれるさ。
ただ……
腕を組み視線を遠くへと向けた私に、もう一人の私が言った。
「山下沙奈には、申し訳ないことをしたな…」
「…ああ……」
そうだ。山下沙奈と千歳と今川が連れてきた子供達は私の家に避難していたので無事だった。子供達と千歳の記憶だけは巻き戻させてもらったが、山下沙奈についてはそのままにしておいた。なんとなくそういう気分になれなかったのだ。あいつにだけは事実を知っておいてほしかったとでも言うべきか。<私の身近なほんの一部の例外>とは、山下沙奈のことである。
これからは、<日守こよみの影>が、あいつの傍にいることになる。<病風の落とし子>ハスハ=ヌェリクレシャハと戦っていた私の影だ。結局、騒動の間ずっと結界の中でハスハ=ヌェリクレシャハと戦っていて、全てが終わった頃にようやく始末したのだ。だからこのまま、日守こよみとして生きてもらうことにした。
山下沙奈もそれは悟るだろう。そのうち、影の方から全てを語ってもらうとしよう。だが影とは言え、あれも力に差があるというだけで、れっきとした私なのだ。実質的な不都合はない筈だった。
「さて、そろそろ行くか…」
私がそう言ってその場を立ち去ろうとした時、黄三縞亜蓮の病室にいた月城こよみが、人間としての月城こよみが私を見た。間違いなく私を見ていた。
「気付いていたのか…」
問い掛ける私に、月城こよみは声には出さず『うん…』と応えた。記憶も巻き戻した筈だったが、どうやら失敗したらしい。
『いつか、また会えるんだよね…?』
月城こよみのその問い掛けには、私達は首を横に振った。
「会えるかも知れないが、その確率は決して高くない。私達が戻るには恐らく数万年単位の時間が必要だ。その頃にはお前達は影も形もあるまい」
『そっか…』
寂しそうに笑って、月城こよみは再び私達を見た。
『だけど諦めないよ。だってあなた達って、結構、いい加減な予測するもんね。数万年とか言ってたって、実際にはひょっこり何年か後には現れたりってこともありえるんでしょ? 分かってるんだから』
「そうだな。お前の言う通りだ」
「確かに私達は嘘吐きだからね。そういうこともないとは言えない」
『じゃ、待ってるよ。いつまでも待ってる。沙奈ちゃんのことは、私達に任せておいて』
「…すまん……」
『すまんだなんて、何らしくないこと言ってんのよ。気持ち悪い』
「それもそうだ」
そう言って笑いながら、私達はその場を去ったのだった。
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