蛇足

結論から言うと、ショ=クォ=ヨ=ムイ、いや、今のクォ=ヨ=ムイは、実にあっさりと代田真登美しろたまとみを返してくれた。高校で、玖島楓恋くじまかれんと一緒にボランティア部に入って精力的に活動しているそうだ。


らしいと言えば実にらしい話だな。


一方、月城こよみと挨拶を交わして立ち去った私達だったが、実は別にどこかに行くという必要もなく、人間が言うところの浮遊霊のようにその辺りを適当にうろついているだけでも良かったのだった。


そういう訳で、私達は今でもここにいる。いや、<月城こよみとしてのクォ=ヨ=ムイ>などそれこそずっとこうして私達の周囲をうろついていたのだ。まったく。本当にいい加減で嘘吐きでデタラメな奴だな、私という存在は。


山下沙奈は私がいなくなったことを悟り涙したが、私の影も私なので、傷は比較的軽く済んだらしい。なにしろ、記憶も気持ちも性格も人格も私と全く同じなのだから、私がいる時と何も違わないのである。山下沙奈を愛おしいと感じ、大切にもするからな。


だがそんなある日、月城こよみのクラスに、一人の転校生がやってきた。


「初めまして。星谷ひかりたにこよみと申します。よろしくお願いします」


「……」


そいつの姿を見た月城こよみは、頭を抱え込んでしまった。ウルフカットで自分より僅かに背も高く多少大人びた印象はあるが、やはり完全に自分だったのだから。


にっこりと満面の笑みを浮かべるそいつは、当然ながらクォ=ヨ=ムイ。一時期<ショ=クォ=ヨ=ムイ>と私が呼んでいたあいつだ。それが私と同じように、転校生としてやってきたのだ。月、日の次は星か。我ながら安直ではある。


だが星谷こよみは、私とは違って月城こよみらと関わることは殆どなかった。部活も自然科学部ではなく陸上部に入り、ただ普通に中学生としての生活を満喫していた。クォ=ヨ=ムイとして何かをすることもなかった。


それが何故なのかは、私には分かる。こいつはこれから、私の代わりに地球で人間として転生していくつもりなのだ。


冷静に考えてみれば、ハリハ=ンシュフレフアに今の私が勝てたのは、こいつが私に対してやったことを私が利用したからなんだよな。それは事実だ。


こいつがそういうことを予め考えてたのかどうかは知らん。考えてたとしても何も不思議はないが、たとえ締め上げたところで白状もせんだろう。だからそれはまあいいさ。


実に平和で退屈な毎日を送っているしな。


今回の一件で、地球上の化生共が一時的とはいえほぼ一掃されて、化生絡みの騒動が起きなくなったというのもあるのだろう。


いずれはまた宇宙中から化生共が集まってくるにしても、しばらくはその状態が続く筈だ。


だから、赤島出姫織あかしまできおり新伊崎千晶にいざきちあきの魔法使い組も大人しくしており、魔法の力を使って派手に何かをすることもなかった。しかも赤島出姫織に至っては、最近、左近瑞優星さこみずゆうせいとイチャイチャするのに忙しそうだ。


「ま、いいか…」


しばらく星谷こよみの動向を窺っていた月城こよみだったが、特段何かしてくるわけでもないところを見て、自分からも干渉することはしないでおこうと思ったようだ。それより今は、黄三縞亜蓮きみじまあれんとその娘の黄三縞神音きみじまかのんの方が大切だった。


黄三縞亜蓮は出産後一週間で学校に戻ってきた。月城こよみが軽く認識阻害を掛けていることで、必要以上に絡まれることなく平穏に過ごしている。


学校にいる間はベビーシッターに黄三縞神音を任せているが、両親も孫のことは気になるらしく、娘の目を盗んでは部屋に赴き顔を見たりしているらしい。黄三縞亜蓮もそのことには気付いていたが、もう特に煩く言うつもりはなかったのだった。


ちなみに、黄三縞神音の中には既に、カハ=レルゼルブゥアはいない。ハリハ=ンシュフレフアに食われたことで消滅したのだ。私が巻き戻したのはあくまで人間としての黄三縞神音であり、当然、今はただの人間の赤ん坊だ。


肥土透ひどとおるはますます黄三縞亜蓮の夫のように振る舞い始め、公私共に支えていた。しかも月城こよみもそれを望んでいる。


碧空寺由紀嘉へきくうじゆきかは相変わらず私の別宅で疑似的な一人暮らしをしており、着々と本当の一人暮らしができるようにとスキルを磨いているようである。碧空寺由紀嘉の両親や親族についても、まあ、こちらはこちらで相変わらずのようだが。


しかし、表面的な状況が大きく変わった者もいる。新伊崎千晶と姉の千歳が、両親の前に顔を出すようになったのだ。家を出て行った頃の荒んだ様子からすっかり普通の少女の姿になった娘に両親は大層驚いたが、その変化についてはむしろホッとしたようだった。新伊崎千晶も一緒に妹の千早ちはやの見舞いに行き、


「お姉ちゃん、来てくれたの!?」


と、千早を喜ばせたりもした。長らく顔を見せなかった二人の姉に、寂しい思いも抱いていたからだ。


石脇佑香いしわきゆうかなど、鏡の表面に焼き付けられて誰の記憶からも消え去ったこと自体がなかったことになった。両親の元に戻ったが、石脇佑香自身には鏡の怪物になっていた間の記憶はあり、その人間性は大きく変化して威圧的な両親を逆に一喝して黙らせることができるようになった。


これにより立場が逆転。新たな家族関係と共に人生をやり直すこととなったようだ。


人間としての体を取り戻してしまったことで本体はこれまで通り二十四時間休みなくアニメなどのチェックをすることはできなくなったものの、それはネットワーク上に拡散したコピー達が代わりにやってくれるので、問題なかった。


肉体は人間のそれを取り戻しても、ネットワークに入り込める化生としての能力はそのままにしておいてやったのだ。むしろ自由に動き回れるようになったことを喜んでさえいた。


貴志騨一成きしだかずしげも若干様子が変わり、時々、代田真登美と玖島楓恋が参加する高校のボランティア部に顔を出したりもしているらしい。その分、自然科学部の方はほぼ幽霊部員と化してしまったが。


でもまあ、本人がいいのならそれでいいのだろう。玖島楓恋との関係はさらに親密になり、キスまで交わすようになったようだ。


広田も今川も、それぞれの生活をただ続けることとなった。菱川和ひしかわは悪運強くあの騒動を生き延びていたので記憶だけを巻き戻すことになったが、何やら次回作の構想を思い付いたらしくPCの前にかじりついていた。


ナハトムも菱川和に負けず悪運を発揮して生き延びていたので、全てを巻き戻してから私と出会った場所まで私の影が送り届けてやった。


の国で起こった事については、化生共が現れた辺りのところまで巻き戻しておいた。独裁者は既に先進国側に身柄を確保されてたこともあり国に戻れず、新たな国づくりを目指すことになったようだ。当分はごたごたするだろうが、人間同士のことについては私は知らん。


ナハトムの記憶は、日本に来てからのものについては消えているが、向こうで片が付いた時までのものは残しておいた。まあ、あいつにとってはせっかくの経験だからな。


「もう二度とあんな経験はごめんだが、うん、ちょっと楽しかったよ。なんかいろいろありがとうな」


状況の整合性を取るために遣わした私の影と別れた後にインドに戻ってカラリパヤットの師範の職に就き、新しい家族もできたらしい。


ハイヤーの運転手の男は真面目に仕事をこなしていた。月城こよみが幼女化した時に着ていた服は今も大切に保管してあるとはいえ、性癖についてはしっかりと自制できていたようだ。


月城こよみが気にしていた母子は、共に穏やかに暮らしている。


それ以外の、私達と関わりを持った人間達も、碧空寺由紀嘉へきくうじゆきかに狼藉を働こうとして別の地球に転生させられた藍繪正真らんかいしょうまなどのごく一部の例外を除き本来の暮らしを取り戻していた。


月城こよみと山下沙奈を除き、皆、あの騒動の記憶はない。だが、玖島楓恋の中にいた<狂える母神>レゼヌゥケショネフォオアや黄三縞神音の中のカハ=レルゼルブゥアがいなくなったことには気付き、肥土透らは何かがあったことは察していたようだった。


肥土透らについても別に記憶を消すことはなかったと考える向きもあるかも知れないが、あいつらが騒動の最中に行った様々な決断は、もとより騒動が始まった時点でできるようになっていたものだ。別に騒動があってできるようになった訳ではない。あいつらはもう十分に成長している。そこにわざわざあのような地獄絵図の記憶を残す必要もないと私は考えたのだ。さすがのあいつらでもPTSDだって起こしかねんし。それほどの地獄だったのである。


日守こよみとしてのそれ以外の影をそのままにしておいたのも、まあ似たような理由だな。あいつらの人生は既に終わり、安らぎの中にいた。今回呼び覚ましてしまったのは事情が事情だっただけで、別に再び苦しむ必要もないのだから。


だがまあ、それももうどうでもいいことだ。


「…どうでもいいことない…」


「どうでもいいことないぞ…」


月城こよみらの様子を眺めていた私達の背後から、そう声を掛けてくる者がいた。


振り返った私達の前に、憮然とした表情の幼女が二人、立っていた。ショ=エルミナーレとカハ=レルゼルブゥアだった。


「なんだ。お前達も来たのか」


そう応えた私に、幼女二人はますます不機嫌そうな顔になった。


「なんかムカつく…」


「わたしらけっきょく、なにしにでてきたの…」


不満を漏らす幼女らに私達は言った。


「知らん。お前らはお前らで好き勝手やってただけだろうが。それで私に文句を言うのは筋違いだ」


「でもまあ、同じ退場組なんだし、大人しく見物するということで一つ」


いくらぶつくさ言っても、どうせ復活するまでは何もできん。それはこいつらも分かっていることである。


そして私達の前で、月城こよみたちの何気ない日常が繰り広げられていくのだった。


それをこうして眺めているだけなのも、悪くない。


私達には、無限の時間があるのだからな。










~完~




……だといいな。くくくくく……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

JC邪神の超常的な日常 京衛武百十 @km110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ