クリスマスイブの共闘
で、割と手に入りやすく使いやすくそこそこ強力な武器になる道具として、手斧をよく使っていたんだった。あとは包丁だが、まあ今回の相手には打撃武器にもなる手斧の方が向いているか。
と、伸ばしてきたベニュレクリドゥカニァの腕にガツンと食らわしてやった。一撃では切断まで行かなかったが、今度は攻撃が通ったな。同じところにあと二~三発食らわしてやれば落とせるだろう。もっとも、さすがに奴も大人しくそうさせてはくれんが。
「ギギギギギギッギギッ!」
金属音のような声を発しつつもう一方の腕を伸ばし私を捕まえようとするのを躱し、そちらの腕にも一撃をと思ったら、凄まじい速さで腕を戻し私の攻撃を躱しおった。
ふん。硬いだけじゃなくて速いか。これはなかなか歯応えのある奴だぞ。サタニキール=ヴェルナギュアヌェには遠く及ばないとしても、楽に勝てる相手ではないな。
戦車並みの図体のクセに八本の脚を巧みに使って、こいつにとっては決して広くない通路を器用に移動する距離の取り方も巧い。なるほどこのレベルになるまで生き残ってきただけはあるということか。
私も、姿こそは人間のままだが一切の手加減はしていない。人間としての白小夏の力以上のものを発揮している。それでも互角に持ち込むのが精一杯だった。まったく。
「!?」
だがその時、私の背後から何かが凄まじい勢いで飛び込んできた。それは私の体の脇を奔り抜け、ベニュレクリドゥカニァの頭に激突した。
ガツンッッと重く固いものがぶつかり合う音と共に、奴の体が僅かに後ろに圧される。
『ははは! これはいい一撃だ。やるじゃないか…!』
しかも貴志騨一成はそのまま奴の頭をタコ殴りに殴りつけた。殴って殴って殴って殴って殴り倒した。その連続攻撃の様は、確か人間共が整地の時に使うランマーとかいう道具を思わせた。そのあまりの勢いに、奴も反撃するのを忘れるほどだった。
そうして散々殴った後、貴志騨一成はグパッと口を大きく開き、奴の頭に食らいつく。その姿はもうすっかりコボリヌォフネリのそれになっていた。<貪欲なる餓獣>らしく、こいつを食うつもりなのだろう。
さすがにコボリヌォフネリの顎の力は強い。私特製の手斧でさえ一撃では腕一本落とせんこいつの頭をバリバリと噛み砕き、一部を食いちぎりおった。見事なものだ。
食いちぎったそれをグチャグチャと噛み砕き貪り食う。実にコボリヌォフネリらしい姿だ。これは私も負けてられんな。
「ギギギギギッ!」
己の頭に再び食らいついた貴志騨一成を引きはがそうとベニュレクリドゥカニァが両腕を引き寄せたのを追い、私は同じところに連続して手斧を叩き付けた。すると貴志騨一成を掴もうとした手がちぎれ、ショーウインドウにぶつかりガラスが割れる。
「ギッイッッ!」
残った方の手で今度は私を掴もうと伸ばしてくるが、これも躱して同じように連続して手斧を叩き付けた。するとこちらの手もちぎれ飛び、床を転がる。
「ギギギギギリギリギリリッッ!!」
両手を失ったベニュレクリドゥカニァは体を激しく揺さぶり、貴志騨一成を振り落とそうとした。
「っ!!」
懸命にしがみついていた貴志騨一成だったが僅かに体が浮いてバランスを失う。
そこに奴は今度は口を大きく開いて、貴志騨一成を食おうとした。が、当然、こいつの方も大人しくは食われてくれん。
「グウウググウウッ!!」
奴の牙を掴み体を支え、唸り声を上げつつ渾身の力を込めて奴の口を引き裂こうとしたようだ。閉じようとする力と引き裂こうとする力がぶつかり合い、それに耐えきれなくなったベニュレクリドゥカニァの牙が根元から折れた。
すると奴は、貴志騨一成を頭に取り付かせたままショーウインドウに突っ込んだ。さらにそのまま奥へと突っ込み、店の内装も商品も薙ぎ倒しつつ壁へと突撃する。
「ガ、グァッ!!」
壁と奴の間に挟まれ、貴志騨一成が声を上げた。さすがに少々堪えたようだ。
ベニュレクリドゥカニァは体を少し下げ、再び壁へと突撃する。このまま貴志騨一成を潰す気らしい。
「チッ!」
私は加勢するべく迫るが、奴は脚を器用に使い、鋭い爪で私を引き裂こうと狙ってくる。頭の周囲を囲うようについた眼のおかげで視界が広く、背後の私の姿も見えているのだ。なかなかしぶといな。
だが、何度か奴と壁の間に挟まれた貴志騨一成も大人しくやられているままではなかった。
「グッアッッ!!」
壁に足を着き、奴の突進を受け止める。互いに押し合い、力比べをする格好になった。もちろんその為に踏ん張ろうと、ベニュレクリドゥカニァは全ての脚を床に着けて力を振り絞る。
その隙を黙って見ててやるほど私もお人好しではない。
「ひゅっ!!」
短く呼気を吐きながら、がら空きになった奴の腹に何度も手斧を振り下ろし、頑強な外殻を叩き割って切り裂き、そこに腕を突っ込んで爪を伸ばし、腹の中をズタズタに切り裂いてやると、勝負は決した。
その上で、ものはついでと奴の腹の中で光弾を放ち、中から丁寧に焼き上げてやる。
ベニュレクリドゥカニァはビクビクと何度か体を痙攣させた後、ズシリと床に伏せ動かなくなった。
「終わった…のか…?」
人間の姿に戻りつつ、貴志騨一成が訊いてくる。
「そうだな…」
私が応えると、こいつはホッとしたような顔をした。
「……」
しかし、腑に落ちないことが私にはあった。腹の中に手を突っ込んで爪で切り裂いた時に気付いた。
こいつ、確かに雌の筈だが卵を持ってない。このサイズだといつ産んでもいいように腹に卵を抱えている筈が、全くなかったのだ。しかも、死んだというのに結界が消えん。つまり、結界を維持している何者かがいるということだ。
となると導き出される答えは一つ。こいつはもう既に卵を産んでいる。その卵が結界の維持も行っているという訳だ。だが、どこに?
「…残念ながらもう一仕事せにゃならんようだ。卵だ。卵を探せ。早く見つけんと私とお前だけじゃ手が足りなくなるぞ」
勝利の余韻を打ち消され、貴志騨一成は、
「クソッ!」
と悪態を吐いた。気持ちは分かるがそんなことを言っても始まらん。
「ふむ……」
私は感覚を研ぎ澄まし、卵が発する微かな気配を探した。貴志騨一成の方はといえば、鼻を突き出し臭いで探そうとしているようだ。店を出て廊下に戻ると、
「向こうでこいつと同じ臭いがする」
と言いながら、廊下を走った。私の方も確かに卵の中で幼生体が動く気配を感じ取っていた。
それは、屋上へと上がる為のメンテナンス用のドアの向こうだった。そこの階段に、びっしりとサッカーボール程度の大きさの卵が産み付けられていた。うっすらと透けた殻の中でベニュレクリドゥカニァの幼生体が動いているのが見える。今にも孵りそうな状態だ。
すると再びコボリヌォフネリの姿になった貴志騨一成が、卵を手に取りそれを口へと放り込んで片っ端から食い始めた。
って、お前、これを全部食う気か? まあ別に構わんが。
さりとて、こいつが食い終わるのをゆっくり待っていては卵が孵ってしまうかも知れんからな。私も手斧で叩き割り幼生体を潰していった。
普通の人間が見ていては嘔吐しそうなくらいに生理的嫌悪感しかない光景だっただろうが、そんなことには構っておれん。飛び散った粘液でドロドロになりながら、私は卵を潰し、貴志騨一成は卵を食っていった。
そうしてその場にあった卵は全て片付けたのだが、私は、
「マズいな…」
と思わず呟いていた。卵の数が少なすぎるのだ。ベニュレクリドゥカニァは一度に百個以上の卵を産む筈が、五十個程度しかない。残りはどこだと周囲を見渡したその時、最悪の気配を感じ取ったのだった。
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