騙し騙され
自らのコピーをばらまきネットを手中に収めた
ムァシュフヌレヒニに憑かれた
山下沙奈の作ったカルボナーラを食しながら、説明を受ける。
「新伊崎千晶。2年7組。出席番号20番。血液型B。旧姓、
その説明に、山下沙奈が沈痛な表情になった。やれやれ。いちいち他人の事情に共感していては身がもたんぞ。石脇佑香がさらに続ける。
「おっと、姉の千歳のアカウント発見。あらら、これはいけませんね~。男性をひっかけてはその家に泊まり込んでってやってるみたいです。堕胎も三回してます。転落人生まっしぐらですね」
目も当てられない内容に、山下沙奈は顔を覆った。自分の境遇を思い出してしまったのだろう。
「もういい。やめろ」
私がそう言うと、「ぶ~」と石脇佑香が不満そうに口を尖らせた。せっかく調べたものを披露したかったらしい。必要ならば後で聞いてやる。だが今はそこまでで十分だ。
「先に風呂に入って二階で宿題をしていろ、山下沙奈」
「……」
私の言葉に顔を覆ったまま頷き、自分の皿のカルボナーラは半分も食べずに山下沙奈が風呂場へと向かった。
しかし、どいつもこいつもロクな家庭環境じゃないな。月城こよみの家など相当恵まれてる方だ。私と違って自分で尻も拭けんクセにわざわざ厄介事を招くような真似をするとか、やはり人間は愚かだな。
山下沙奈が残したカルボナーラも食いながら、私は思案していた。とは言え、今のところはさほど大した害もない。放っていても構わんかと思ったが、念の為に訊いてみた。
「新伊崎千晶の成り済ましの方はどうなんだ? 何か事件でも?」
私が問うと、待ってましたとばかりに石脇佑香が応えた。
「しっかりやっちゃってますよ~。乗っ取りアカウント使ってソシャゲアイテムとか騙し取っちゃってます。他にも額は小さいですけど現金も騙し取ってます。相手は刑事告訴を検討中のようですね。被害者の会のブログも立ち上がってますよ」
それはそれは、表沙汰にでもなって騒ぎになると、また教師共が『何でうちの学校ばかり』と頭を抱えるな。だが、それも身から出た錆だ。新伊崎千晶が不登校になったのはお前達がイジメを放置していたからだろう? 私も実際に新伊崎千晶がやられた事例を見てたが、上履きが男子用の小便器に放り込まれてたり、教科書に落書きをされたり、やはりリコーダーが盗まれたりと、少なくとも器物損壊と窃盗については刑事事件だ。それさえ対処せず放置していたクセに、『何でうちの学校ばかり』とは笑わせる。私と山下沙奈の件は学校には関係ないにしても、この件では間接的とはいえ果たした役割は大きいぞ。
その辺も、私にとってはどうでもいい話か。見ればけっこう育ってるようだから、以前ならムァシュフヌレヒニを食う為にさっさと出掛けようという気にもなったが、もう一人の私が毒を食わされて消滅した件もあるしな。毒を仕込まれてる奴かどうか確認してからでないと迂闊に食えん。
まあ、食わずとも始末すれば仕込まれてるかも知れん奴がそれだけ減るということでもあるが、もうしばらく様子を見てみるか。と私が考えていると、石脇佑香が言った。
「あ、イケメン成り済ましの貴志騨君が、碧空寺さんに成り済ました新伊崎さんにソシャゲのアイテム渡しちゃった。あ~らら。しかも結構なレアアイテムだ。それでリアルで会う約束しました。これでまた哀れな被害者が一人~」
貴志騨……騙したつもりが騙されたということか。情けない。
「あちゃ~、でもこれ、マズいかもですね。この乗っ取られた碧空寺さんのアカウント。本人特定のヒントになりそうな情報満載です。もしこれで貴志騨君がキレたら、碧空寺さんがピンチかもですよ~」
言ってる内容の割に楽しそうな石脇佑香の様子に、私は少々呆れていた。お前も本当に変わってしまったな。
と、そう言えば私は、石脇佑香に碧空寺由紀嘉の監視を命令したんだったな。新伊崎千晶の監視ではない。
「おい、碧空寺由紀嘉は今、どうしてる?」
問い掛けた私に、石脇佑香はすかさず応えた。
「古塩君に成り済ました新伊崎さんとイチャコラしてますね~。って言うかもうこれ、R18ですよ、内容。新伊崎さんもノリノリだ~。『俺のが欲しいのか?』ですって~。きゃーっ! なかなかいい俺様キャラです~」
…ノリノリなのはお前だ、石脇佑香。
「ところで確認したいんだが、新伊崎千晶が成り済ましているとは言え、自分が相手してるのは古塩貴生のアカウントだと碧空寺由紀嘉は分かっているのか?」
そう問うと、
「たぶん分かってると思いますよ~。乗っ取られる前の古塩君のコメント、完全に隠す気ない内容ですから。レスリング部でのことを実名で書いてますし」
だと。こいつらはまったく…………まあいい。危機感のない奴らが勝手に自滅するのは構わん。だが黄三縞亜蓮もとんだとばっちりだな。古塩貴生に成り済ました新伊崎千晶に乗せられて……
いや、とばっちりではない…か? 新伊崎千晶をイジメた連中の中には黄三縞亜蓮と碧空寺由紀嘉もいた筈だ。主にイジメてた奴らはまた別の筈だが、便乗してたのは確かだしな。となると分かっててやってるということか。黄三縞亜蓮と碧空寺由紀嘉とをいがみ合わせようとしてる訳だな。やるじゃないか。
だが、新伊崎千晶。お前のそれは基本的に逆恨みだ。お前がイジメを受ける原因となったのは、元はと言えば一年の時に他の奴をイジメたことで、その報復として始まったというのは、月城こよみでしかなかった頃の私でも知っているぞ。イジメ加害者だった者が立場が反転して今度はイジメられる側になる。よくある話だ。
私がそういうことを考えていると、風呂から上がってきた山下沙奈がこちらを見て頭を下げた。私が軽く手を上げてそれに応えると、階段を上って二階へ行った。私に言われた通り宿題をする為だろう。
その時、石脇佑香が声を上げる。
「あれ? 急にやめちゃった。どうしたのかな?」
やめた? 誰が? そんな私の疑問に応えるように石脇佑香が続けた。
「碧空寺さん、古塩君(新伊崎さん)とのイチャイチャやめましたね。何かあったのかなっと」
そう言いながら碧空寺由紀嘉のスマホに侵入した石脇佑香が盗聴を始めたのは私にも分かった。
「あ、黄三縞さん見付けたんだ。音声、まわしま~す」
石脇佑香がそう言うのと同時に、ディスプレイのスピーカーから聞こえてきたのは、碧空寺由紀嘉の声だった。
「亜蓮、あんた古塩君に付きまとうのやめて! 古塩君は今、私と付き合ってるんだから!」
突然そう言われた黄三縞亜蓮の戸惑いの表情が目に見えるようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます