究極の実況民、爆誕

石脇佑香いしわきゆうかに言われて私は気付いた。肉声ではなく意識に直接話しかけるようになっていたことに。


『何という失態! かくなる上はこの鏡を粉砕して証拠隠滅を…!』


…いや、やめておこう。どうせ石脇佑香が誰かにそのことを話したりはできんのだからな。


それに、こいつは面白い奴だ。私が少しヒントをやるだけで次々と新しいことをものにしていく。もしかすると人間よりこっちの方が向いていたのかも知れんな。


その時、何者かの足音がこちらに近付いてくるのが分かった。とは言え、人間なのは既に分かっているのだがな。ライトが動いているのも見える。巡回の警備員だ。角を曲がり、こちらを照らした。


だが、何も反応はない。当然だ。私のことは認識できないようにしてるし、今の石脇佑香はただの鏡に過ぎん。気になるところは何もない。こちらに歩いてきて、この脇にある階段をのぼり上の階に行く。いつもの巡回ルートだ。


にも拘らず、今日はその警備員の様子がおかしかった。教室一つ分くらいまでこちらに近付いたところで、足が止まってしまったのだ。何をやっているのかと思ったら、その顔は明らかに怯えていた。視線は、私には向けられていない。ということは、私の存在に気付いたということではない。明らかに鏡を見ている。


まさかと思って視線を向けると、そこには涙を流しながら佇む石脇佑香の姿があった。鏡の中に自分の姿を浮かび上がらせ、泣いているのだ。さっきまであんなに浮かれていたというのに、これはいったいどうしたことだ?


などと言うほどのことですらない。簡単な話だ。石脇佑香の悪戯いたずらだ。今の自分の状況を使って悪戯を思いつくくらい、余裕ができたのだ。


『全く、何をしているのやら……』


呆れるほどの切り替えの速さだ。


……いや、違う、か。既に始まっているのだ。石脇佑香の<変化>が…


まあそれはそれとして、足が竦んでいたのであろう警備員は、しかし意を決したのかこちらに歩き出した。私の目には、その青ざめた表情すらよく見える。ごくりと喉を鳴らし、自分の頬を冷や汗が伝っていることすら気付いていないようだ。


が、その歩みは見る間に早くなり、階段ホールへと曲がる頃にはほぼ駆け足になっていた。そして一目散に階段を駆け上がっていく。


やれやれ、たかがこの程度のことにだらしない奴だ。


騒々しい足音が遠ざかり、再び静寂が戻ると、私はまた石脇佑香を見上げた。すると案の定、笑っていた。


「すごいすごい、あんなに怖がるんだ!」


自らの悪戯の成果に、石脇佑香は有頂天になっていた。何をやっているんだか。だがまあ、そういうことができるくらいにまで開き直れたのなら、いや、<変化>できたのなら、もう私がとやかく言う必要もないか。ただし、釘は差しておかなければいけない。


「楽しそうで何よりだが、石脇佑香。悪戯もほどほどにしておけよ。騒ぎになってもつまらんからな」


私がそう言うと、「は~い」と実に緊張感のない答えが返って来た。本当に分かってるのかこいつは?


「今度の金曜日の校内キャンプで、恒例の肝試しがあるんだぞ。だからってまた悪戯をしようとか思うなよ? 大人の警備員はそういうことを吹聴したりはせんかも知れんが、生徒は恐らく遠慮せんぞ。騒ぎになって困るのはお前だからな、自重しろよ」


念を押す私に向かって石脇佑香は再び「は~い」と緊張感のない返事を返した。どうやら分かっとらんな。まあいい。私はきちんと忠告したからな。それを守らずに痛い目を見ても本人の責任だ。私の知ったことではない。


「あ、始まった。これリアタイで視たかったんですよね~」


って深夜アニメかよ!?


「OP始また。今季一番アガるOPキター」


ってもう実況してるし!? ネットやってるし!?


どこまで適応力高いんだ。こいつは。やれやれ。


こうして私は、きゃあきゃあ言いながら深夜アニメを実況する石脇佑香の声をBGMに、朝まで時間を過ごしたのであった。




「この近所で行方不明事件があったんですね。アパートの全世帯が謎の失踪? 同じ町内の会社員夫婦も失踪だそうです」


空が白み始めた頃、早朝のニュースを見ていた石脇佑香が、不意にそういうことを言い出した。そうか、お前は知らなかったのか。


「そうだな。その失踪した会社員夫婦というのは、私の両親だ」


そう言った私の言葉に、石脇佑香は「え!?」と言葉を失った。そして少し間を置いて、言った。


「ごめんなさい。私、知らなくて…」


ふん。殊勝な心掛けだが、要らぬ気遣いだな。


「両親と言っても、この<月城こよみ>という人間にとっての両親だがな。私、クォ=ヨ=ムイにはそもそも親などいない」


私はそう返す。そうだ。私、クォ=ヨ=ムイ自身には最初から親などいない。私は存在を始めた時から全てを超越していたのだ。デニャヌスに食われた二人は、月城こよみという人間の肉体を生み出しただけの存在でしかない。そこに人間としての情など微塵もない。元より人間の親としては少々欠陥品であったからな。金さえかければ子供がまともに育つと考えてるような人間だったし、成績も大して振るわずアニメばかりを見てオカルトに傾倒しているような娘を内心では<失敗作>と蔑んでいたことを私は知っていたのだ。


だから、人間<月城こよみ>としてもあの両親にはさほど情は感じてなかった。


が、石脇佑香は何か意を決したように訊いてきた。


「何があったのか、訊いてもいいですか…?」


全く、人間の好奇心というものは面倒なものだな。そこまで聞いてどうするつもりだ。


「話しても構わんが、お前達人間には理解できん話だぞ」


念のために忠告しておいたが、石脇佑香には関係なかったようだ。


「大丈夫です。私ももう人間じゃありませんから」


ほほう? 言うじゃないか。なるほど確かに今のお前はもう人間ではない。最下級ながら私達の側の存在だ。なら、覚悟の上ということだな? では遠慮はいらんな。


「食われたんだ。デニャヌスという下賤の輩にな」


「!?」


私の言葉に、石脇佑香が息を呑む気配が伝わってくる。まあ、いくら最下級ながら私達の側の存在になったとはいえつい最近まで人間だった者としては当然の反応だな。それでも石脇佑香は問い掛けてきた。


「…アパートの人達もでしょうか?」


恐る恐るという感じだったが、私にはどうでもよかった。


「そっちは知らん。少なくともデニャヌスの仕業ではない気はするが。人間の仕業だという可能性も、現状では可能性は僅かだが無いとは言えん」


現状で分かっていることをそのまま話す。デニャヌスがアパートの住人を食ったと考えられる痕跡が何一つないのは事実だ。デニャヌス以外の何かが食ったか連れ去ったか消し去ったかと考えるのが妥当だが、人間の手によって行うことも不可能ではない。それが現時点で分かっていることの全てだ。すると石脇佑香は意外そうに言った。


「クォ=ヨ=ムイさんにも分からないことがあるんですね」


ふん。メソメソ泣いていた奴とは思えん恐れ知らずな発言だ。


「本来の私なら、この地球上に起こることの全てを同時に理解することもできる。だがそれじゃつまらんからな。基本的にはこの肉体を通じて知覚できるものしか今は分からん。お前が知った通り、それが私のやっている縛りプレイの内容でもある」


今の私の状態を、そのまま話す。私が敢えて自らに制限をかけていることは石脇佑香には知れてしまったからな。今更詳しい条件を知ったところで問題ではないし、どうせ何もできんし何もさせん。だが石脇佑香の反応はそういう方向の警戒が必要なものではなかった。


「<縛りプレイ>とか、クォ=ヨ=ムイさんがゲーマーっぽいのは、月城さんの影響ですか?」


気になるのはそこか。らしいと言えばらしいが。


「いや、私はゲーマーと言うほどゲームはしてなかったな。有名どころのタイトルを広く浅くだったし、挫けてクリアしてないタイトルもいくつもあるし。だから、ライトユーザーレベルだろう。単に言葉を知っていたから使っただけだ」


結局、こういう話に戻ってくるわけか。やれやれだ。


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