ミニュルアトゥウレ
で、結局どうなったかと言うと、表面上はこれまでとほとんど何も変わらなかった。別に体調にも変化はなく、精神的にもやはり変わらない。
ただ、本人の知らぬ間に子宮内に<にゅむ>の卵を産み付けられて育てさせられているだけだ。
それはおそらく、春休みが終わる頃に孵るだろう。そして
こうしてこいつらは地球で繁殖することになる。
が、それで何か問題があるかと言うと、実はそうでもないようだ。
にゅむは、<ミニュルアトゥウレ>は、さほど害もない低級な化生である。卵を育てている間は多少栄養が奪われるので貧血に注意が必要になるくらいだ。それ自体、人間が元々患うことのある病的な貧血に比べればごくごく軽いものだが。
あとはまあ、ミニュルアトゥウレに操られて<運び屋>にされるくらいか。
それで何が問題だというのだ?
ああ、人間にとっては<不快>という問題があるのか。いわゆる不快害虫の一種とも言えるかもしれないな。
しかし来埋亜純は<にゅむ>を大変気に入っており、そのおかげで、表面上は幸せな家庭にも見えつつ実態は完全に破綻している<仮面家族>の中でも生きていけることになった。
なにしろ<にゅむ>にとっては自分の子孫を育んでくれる大事な宿主だ。むしろ体内のホルモンバランスなどを整え、良好にしてくれる。
ストレスホルモンが増えすぎるとそれを中和さえしてくれる。
それによって、来埋亜純の表情は穏やかになった。家族の前でも他人の前でも、やたらと愛想を振りまくほどではないにせよ、<愛らしい>と評しても差し支えない印象を見る者に与えるようにもなっただろう。
『…え? あの子、あんな感じだったかしら…?』
数日後、いつものようにただ事務的に用意をし、互いに会話もなく食事をしただけだったが、母親は娘の姿を見てハッとなった。
これ自体は非常に些細な変化に過ぎなかったが、家畜の身に甘んじて何も考えず何も感じずにただ生きていただけの母親にとっては、とても大きな変化だった。
「……美味しい…?」
ついそんな言葉が口を吐いて出てしまう。
すると娘も、「…え?」と驚いた顔をして自分の母親を見た。もう、いつ以来振りかもまったく思い出せないが、ちゃんと母親の顔を見た。
『あれ…? お母さんってこんな顔してたんだ……?』
そう思いつつも、
「うん…美味しい……」
と応えた。
この後、母と娘は、何となく挨拶を交わすようになり、ぽつぽつと会話を交わすようになり、そしていつしか、父と兄のことは脇に置いて、互いに結びつきを深めていくことになったのだった。
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