支配する側
一方、母親はと言えば、父親に精神的に支配されて家畜のように振る舞うことが身に沁みついており、娘のことを構う余裕がなかった。
まあ、あんな男に身を任せてまで守ろうとした家族が結局病死したことで精神がやられたというのもあるだろうが。
何にせよ
この部屋は、そんな娘のささやかな楽しみだったのだろう。
自分が<支配する側>に回れる唯一の、な。
この日も父親は家には帰らず、どうやら愛人の家に入り浸っているようだった。これも対外的には、
『フィットネスクラブの支店に指導に行っている。遅くまで熱心に指導しているのでスタッフの家に泊まり込んでいる』
ということにして体裁を取り繕ってるようだ。実際、支店の近くに<スタッフという名の愛人>を囲ってるしな。こういうことには実に頭が働く奴のようだ。
しかも兄も近頃はほとんど家に帰らず、あまり素性のよろしくない連中と遊び歩いているらしい。レスリングについてはすっかりやる気をなくしているみたいだな。
自分よりも二回りも小さい
いずれにせよ、家には母親と娘しかいなかったのだが、この二人の間にも会話らしい会話はなかった。母親は事務的に家事をこなし食事の用意などをするだけで娘のことなど見ていない。だから娘も、母親にも何も期待をしていなかった。
いやはや、実に清々しいまでの<仮面家族>だ。
故に来埋亜純はますます自分の世界に閉じこもることになる。
無言で夕食を済まし、風呂に入り、しかし自分の部屋に戻る時には笑顔になっていた来埋亜純は、自室のドアを開けるなり、
「ただいま~、にゅむ~♡」
と、まるで変身でもしたかのようにそれまでとはあまりにもかけ離れた満面の笑顔の愛らしい姿を見せた。
「あれ~? 何にも食べてないね。好みじゃないのかな~。仕方ない。明日、餌になりそうなもの探してくるよ」
冷凍コオロギも野菜の欠片もそのまま残されているのを見て、来埋亜純は呟いた。
それからまた、にゅむを手にとってじっくりと観察する。
しかし、見れば見るほど他のどんな生き物とも違っていた。感触はアゲハチョウの5齢幼虫に似ているものの<脚>がなく、しかも体の節もない。管足を持たない無足目に属するナマコのような体をしているが、水棲ではないようなので当然、ナマコでもない。
色はカイコの5齢幼虫に近い感じの明るい灰色という印象があるものの、微妙に明るさが変わって見える時もある。カメレオンのようにある程度体色を変化させられるのだろうか。
そんな<にゅむ>を、来埋亜純は飽きることなく深夜まで眺めていたのだった。
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