絡み合う因縁
「さて、一体どういうことなのか、話してもらおうかしらね?」
私の家に上がり、
しかしそういう微妙な空気など関係ないと言わんばかりに月城こよみが一人立ち上がって腕を組み、言った。相変わらず態度がデカい奴だ。だがまあいい、取り敢えず説明してやろう。
「別に、大した話ではない。こいつが、
その私の言葉に、黄三縞亜蓮が「え?」と新伊崎千晶を睨み、
「何それ? 新伊崎さん、何のつもり!?」
と声を上げた。それに対して新伊崎千晶は「ふん」と太々しい態度で応え、リビング内の空気は一瞬で緊張した。もっとも、そんなことは私にとってはどうでもいい話だ。
「黄三縞亜蓮! 元はと言えばお前が新伊崎千晶に対して不当な行為を働いたことが原因になってることを忘れるな! 貴様ら人間は、自分の尻も拭けんクセに自ら負の因縁を作って、それが返って来たからといって被害者面する悪い癖がある」
私がそう指摘すると、黄三縞亜蓮は気まずそうに俯いた。こいつは、新伊崎千晶に対する行為については中心的な立場ではなかったが、月城こよみに対しては積極的に嫌がらせをしていた主な実行犯の一人だ。それが被害者面するとか言語道断。さらに私は、新伊崎千晶に向かって言った。
「新伊崎千晶! 貴様も同じだ! お前が二年になってからやられたことは、元はと言えば一年の時に他の奴にやったことの報復として始まったことぐらい、月城こよみでも知ってるぞ! それでよく被害者面できるな。ああ!?」
私の指摘に、新伊崎千晶は不貞腐れたような態度で顔を背けた。反省の様子は見えんが、少なくとも自覚はしてるのだろう。今はまだそれでも構わん。
だが、黄三縞亜蓮と新伊崎千晶を睥睨する私に対して、月城こよみが言った。
「で? あなたはいったい、新伊崎さんに何をやったの?」
じとっとした目で私を睨みつつ掛けられた言葉を私は受け流した。それで挑発してるつもりか? 月城こよみ。
「もう一人の私が、こいつを唆して、黄三縞亜蓮に
『もう一人の私』と口にした瞬間、月城こよみの顔から血の気が引いていくのが分かった。こいつにとっての『もう一人の私』とは、自身の本体であるクォ=ヨ=ムイのことだからな。奴のことだと思ったのだろう。
「な…何よそれ…どういうこと…?」
明らかに動揺しているこいつに、事情を説明してやる。
「今から百億年ほど昔の話だ。当時、私は、こことは別の宇宙で別の邪神と戦っていた。その時にも別の私を作っていたんだが、そいつを囮にして、戦っていた奴をもう一人の私ごとブラックホールに放り込んでやったのだ。そうしてブラックホールの中へと消えた私がいつの間にやら復活していて、新伊崎千晶を唆したのだ」
と説明した瞬間、月城こよみが目を三角にして吠えた。
「って、結局はあんたの所為かーっっ!!」
などという怒声は右から左へと聞き流してやった。些細な問題だ。
「まあそんな訳でな。そいつに唆されたとはいえこいつは、碧空寺由紀嘉や貴志騨一成だけでなく他にも何人もの人間を騙し、負の因縁を作った。だからその報復を恐れ私の傍にいることを選んだのだ」
私の視線を受けて、新伊崎千晶はさらに不貞腐れた表情を見せた。元は私が原因とはいえさすがにその振る舞いには肥土透が口を挟んだ。
「いろいろ理由はあるんだろうけど、その態度はどうかって思うぞ」
しかしそれさえどこ吹く風の新伊崎千晶に対し、肥土透も呆れ顔だった。
微妙な空気がリビングを包み、雰囲気が悪くなる。そこに山下沙奈が口を開いた。
「あ、あの、皆さん。美味しいケーキがあるんですけど、いただきませんか?」
こいつはこいつなりに何とか場をとりなそうとしたんだろうなというのはよく分かった。それが感じられたのだろう。
「あ…うん、いただきます」
月城こよみ、肥土透、黄三縞亜蓮の三人は、少し気まずそうにしながらもフッと表情が和んだのだった。とは言え新伊崎千晶だけは変わらなかった。まあ当然か。別に親しくしてる訳でもないからな。
本来は私と一緒にお茶をする時の為に買ってきていたケーキを、山下沙奈は切り分けて皆に配った。それと一緒に紅茶をいれ、配る。私と一緒に暮らすうちに、こいつはこういうことをするようになっていた。かつてはただぼんやりと押し黙って座ってるだけだったのにな。
出されたケーキは、確かに美味かった。山下沙奈が近所で見付けた小さなケーキ屋のものだったが、その場の空気を変えるには十分な力を持っていた。
「美味しい…」
散々不貞腐れた態度をとっていた新伊崎千晶でさえ、思わずそう呟いていた。しかも、
「こんな美味しいケーキ、初めて食べた気がする…」
とまで口にした。その言葉に、新伊崎千晶の家庭環境を察した他の四人は、皆一様に黙ってしまった。そんな中、私は、かあっと口を大きく開き、一口で食べてしまったがな。
「あんたさあ…せっかく沙奈ちゃんがあんたの為にって選んでくれたケーキなんだから、もうちょっと味わって食べるくらいできないの?」
いつの間にか親しげに名前呼びになっていた月城こよみが呆れたようにそう言った。山下沙奈はただ苦笑いしていただけだが。それがまた場の空気を和ませる。そして、黄三縞亜蓮が不意に口を開いた。
「新伊崎さん…いろいろ嫌なことをしてごめんね……」
その言葉に一番驚いた様子を見せたのは、他ならぬ新伊崎千晶だった。恐らく、こいつにとっては、とてもそんなことを言うような人間には見えてなかったのだろう。
決して黄三縞亜蓮の方を見ようとはしなかったが、その表情はさっきまでのものとは明らかに違っていた。
「何よ…今さら。そんなことで許してもらえるとか思ってるの…?」
とは言っていたが、その口調自体は、それほど険しいものでもなかった。それは他の四人にも感じられたようだ。もっとも、これですぐわだかまりを捨て和解できるほど、人間というのは単純な生き物でもないがな。ただ、それまでとは関係が変わるきっかけにはなるだろう。
今の新伊崎千晶は、この場にいる者の中では唯一、完全に何の力も持たないただの人間だ。しかし、私達のことを知ってしまった以上、普通の人間には戻れない。いくら記憶を巻き戻して消したところで、それは単に以前の状態に戻るだけで、何の解決にもならん。巻き戻しは決して万能な解決策ではない。先に進まなければ、状況というものは変わらないのだ。
「お前は今日からしばらくの間、ここを通って通学や下校をするがいい」
新伊崎千晶の自宅は、私のもう一つの家からならほんの二百メートル程度の場所にあった。掃き出し窓を通って行き来をすれば、その分だけ通学や下校の途中の危険も減る。
私としてはこいつの安全などどうでもいいことだが、こいつを狙ってる奴をおびき寄せる餌にはなるから、囲っておくのは私にとっても都合がいい。
あと、今回の件のもう一人の私だが、人間には分かりにくいだろうから、ショ=クォ=ヨ=ムイと呼称しよう。ショ=エルミナーレの母だからな。
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