口車

一月も終わりに近づく頃、新伊崎千晶の姿を遠くに見ながら爪を噛む紫崎麗美阿の姿が頻繁にみられるようにもなっていた。


そういうこととは露知らず、二月三日の誕生日を間近に控えた新伊崎千晶の為に、月城こよみらは軽くパーティーを予定しているようだった。まあ、実際にはそれを口実に皆でワイワイやりたいだけだろうがな。


しかし、当人らがそれでいいのなら勝手にすればいい。私の家を会場にする前提なのがちと癪に障るが、山下沙奈ももうその気になっているから文句を言う気にもならん。


誕生日当日、山下沙奈が料理を担当し、月城こよみや黄三縞亜蓮が費用を負担し、ささやかなパーティーが催された。親にも長らく誕生日など祝ってもらってなかった新伊崎千晶は終始困惑顔だったが、実はまんざらでもないというのも透けて見えてはいた。特に、姉の千歳に「おめでとう」と言ってもらえたのは嬉しかったようだ。


髪を脱色するのをやめて手入れをし、上手くもないメイクをするのもやめたその姿は、どこからどう見ても普通の女子中学生のそれだった。目立たないが、その<目立たない>ということが学校では重要なのだろう。悪目立ちをする者は狙われる。そういう社会だからな。


さりとて、見た目では目立たなくてもその振る舞いでは少々目立ってしまっていた訳で、それが故に紫崎麗美阿に目を付けられてしまったということだが。


誕生日の翌日。


努めて普通を装っていた新伊崎千晶ではあったが、嬉しそうな様子は隠し切れていなかった。はしゃぐ程ではないにしても、その表情が緩んでいるのは、普段のこいつを知ってる人間には分かってしまうだろう。


それは、精神的に満たされた人間の表情そのものだった。


それがまた、紫崎麗美阿にとっては癇に障ったらしい。


『何よあいつ…! 幸せそうな顔しちゃって……!!』


で、間の悪いことに、かつての、他人への嫌がらせに精を出していた当時の新伊崎千晶に恨みを持つ人間とたまたま知り合ったこともあり、その感情を煽って焚きつけることに成功したようだ。




「新伊崎、お前、なに今さら真面目ぶってんだよ。ムカつくんだよ!」


その日、自然科学部の部活の後、教室に忘れ物を取りに来た新伊崎千晶の前に、そいつは現れた。同じ二年の男子生徒だった。


ただし、本人が新伊崎千晶に何かされたという訳ではなく、付き合ってる同学年の彼女とやらが一年の時に嫌がらせをされたということを、今になって蒸し返してきたらしい。


元はと言えば自分が招いたことだから仕方のない一面もあるとはいえ、紫崎麗美阿の口車に乗せられたかつての<新伊崎千晶のイジメ被害者>が、しかも自ら本人の前に立つのではなく、直接は関係のない彼氏にやらせたものだから、新伊崎千晶にとってはまるで意味不明な状況だった。


「…誰…?」


思わずそう呟いてしまうのも無理はなかったのである。


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