古塩貴生

古塩貴生ふるしおきせいぃぃっっ!」


私は、目の前にいる、真っ黒に日焼けし陰惨な目をした若い男に向かってそう唸り声を上げた。その私の足元には、少女が一人、倒れ伏していた。地面には真っ赤な血が広がっている。碧空寺由紀嘉へきくうじゆきかだった。


すぐに巻戻すことも考えたが、この後に起こることを考えればむしろ後にした方がいいかも知れないと私は結論付けた。なにしろ、生き返った途端に巻き込まれてまた命を落とす可能性もあったからな。


私がそう考えた瞬間、奴はニヤァっと笑い、目の前に真っ赤な火球が現れ、それによって急激に熱せられたあらゆる物質が一瞬にして気化し体積が増え、その変化は衝撃波となって伝播した。要するに、デカい爆弾が爆発したのと同じことだ。


衝撃波は爆発音となって十数キロ離れた場所にまで届いたという。爆心地となった私と古塩貴生がいた場所は直径十メートルのクレーターとなり、それを中心として半径数百メートルの建物が全壊もしくは半壊。半径数キロ以内のガラスの多くが粉砕された。


私の足元に倒れていた筈の碧空寺由紀嘉の姿はどこにもなかった。骨さえ残さず蒸発したのだ。だが、それは別にいい。あいつが存在したという事実さえあれば巻き戻すことはできる。だが今は―――――


周囲に意識を向けると、自動車は爆風によって玩具の様に転がり、ビルの壁などに叩き付けられていた。病院の建物も一部が倒壊し、ガラスはすべて割れ、


「うあぁぁ…」


「痛い、痛いぃぃ…」


「ママ、ママぁぁ…」


等々、人間達の呻き声に溢れていた。少なくとも数十人が今の一撃で死んだのが分かった。病院だけではない。周囲のあらゆる建物が同じような状態で、そこでもたくさんの人間が死に、辛うじて死ななかった者も、苦しみと痛みにのたうっていた。それはまさに地獄絵図だっただろう。


だが私は逆に、冷静さを取り戻していた。ここまでくるともうどうでもよくなったのだ。碧空寺由紀嘉が死んだことさえも。


「貴様、随分なご挨拶だな。だが、フられた腹いせにしてはいささか派手すぎやせんか?」


そう問い掛けても、古塩貴生はただニヤニヤと笑っているだけだった。真っ先に碧空寺由紀嘉を狙ったあたりに古塩貴生としての意識も辛うじて残っているようだが、もうほぼサタニキール=ヴェルナギュアヌェに飲み込まれているようだな。まあいい。どのみち貴様はただでは済まさん。私に真っ向から喧嘩を売ってくれたのだからな。


が、そう思ったのは私だけではなかったようだ。


「古塩くん……何てことを…!」


それは、月城こよみだった。黄三縞亜蓮きみじまあれんの見舞いに来ていたのだ。病院の建物の中から現れた月城こよみの目には、激しい怒りが込められていた。


「許さない…!」


やる気だった。もう既に止めても無駄なのが分かった。だから私はその場を月城こよみに任せることにした。


「手加減は要らん。ぶちのめせ。だが、必ずだ。負けることは許さん」


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