貪食

貴志騨一成きしだかずしげは、<黒厄の餓獣コボリヌォフネリ>である。


元はと言えば新伊崎千晶が、ショ=クォ=ヨ=ムイに憑かれて下らん真似をしていた時にこいつに対してネット詐欺を働き、それに逆上したことをきっかけに黒厄の餓獣コボリヌォフネリをその身に宿らせてしまったのだが、今では当人もまるでお構いなしで普通に生活している。


こいつにとっては黒厄の餓獣コボリヌォフネリに憑かれたことなど大した問題ではなかったどころか、レイプ魔に目を付けられた玖島楓恋くじまかれんをそのおかげで守ることができた上に、それが縁で距離が縮まったのだから、むしろありがたい存在だったのだろう。


黒厄の餓獣コボリヌォフネリは恐ろしい食欲で何でも食ってしまう貪食の怪物ではあるものの、貴志騨一成の意識下にある限りは、少しばかり食欲が増えるだけで大きな問題もなかった。


その日も、貴志騨一成はケモノ少女を題材にした新しいゲームをしながら、スナック菓子を延々と貪り食っていた。


おそらく普通の人間であれば肉体の肥大化に歯止めがかからなくなる程度には。


しかし、黒厄の餓獣コボリヌォフネリをその身に宿しているが故にそちらにエネルギーが奪われ、身長百五十センチ強で体重八十キロ強という体格が維持されてるものと思われる。


「兄ちゃん、またお菓子ばっかり食べて…!」


自宅にいる間は滅多に自室からでない兄、貴志騨一成がキッチンに現れたかと思うと買い置きされていたスナックを手に取り部屋に戻ろうとしたのを、来年には中学に上がる妹が明らかに軽蔑しきった目を向けながら声を掛けた。


が、貴志騨一成はそれすら聞こえなかったかのように無視し、自室へと戻っていく。


「…ったく、あんなのが兄貴だなんて、友達も家に呼べないじゃん…!」


忌々しげに、わざと聞こえるように独り言を口にした妹のことなど、こいつには目に入っていないのかも知れんな。


まあそれでも、以前に比べればそれなりに引き締まった<男の顔>にはなっているのだ。


また、かつてはネットをしながらイキった独り言を口にするようなことも多かったが、今ではネットをしている時にも非常に寡黙になった。


特に、去年のクリスマスイブの一件以降は。


とは言え、一緒に暮らして毎日顔を突き合わせている家族の場合は、逆にその変化に気付きにくいものなのかもしれん。


「……」


家にあったスナック菓子を食い尽くし、それでも物足りないと感じた貴志騨一成は家を出て、コンビニへと向かった。日は暮れて辛うじて空に赤みが残っている状態の道を歩く。


が、コンビニまでの道程を半分ほど過ぎたところで、その足が止まる。


「……」


無言で、薄暗がりとなったそこを睨み付ける貴志騨一成の視線の先に、赤い光が四つ、ぽっかりと穴が開いたかのような闇に浮かんでいたのだった。


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