代田真登美の奮闘

自然科学部部長の代田真登美しろたまとみは、天然である。いや、ただの生真面目なのか。空気というものを読まない。その時その時に自分が必要と感じたものをただ実行するだけだ。


それを疎ましく感じる人間は多いだろう。故に代田真登美は中学に上がった時、イジメを受けた。当人の生真面目さ、空気の読まなさを毛嫌いした者達に無視され、学級委員長であったにも拘らずクラスの殆どの人間から協力を拒否された。だがこいつの凄いところは、自分がイジメられているという空気すら読まないということである。誰の協力も得られないなら、外部に協力を要請し、それすら無理ならすべて自分でやってしまえと考え、しかも実行できてしまうことなのだ。


大掃除の際は五人で担当するところを一人で終わらせ、校外学習の指示に従ってもらえないとなれば逆の指示を与えたり行動せざるを得ない状況を作り出すことで自主的に行動させ、体育祭の選手選抜では生徒の意見を一切聞き入れない生徒指導の体育教師を進行に呼び、文化祭の準備は他の自分と交流のある部活の生徒の協力なども仰いだ。疎まれることも多かったが、その誠実な人間性故に信頼を寄せる人間も少なくなかったのである。


さりとてさすがにその状況を心配した、生徒会長も兼ねていた当時の自然科学部の部長が、代田真登美の後ろ盾となることで、イジメがエスカレートすることを防いだという背景もある。当時の自然科学部の部長は、生徒会長でありながらも非常に変わり者ではありつつ、教師の覚えはよく学校側から好かれていた。その後ろ盾を得るということは、事実上、学校そのものを味方につけるということでもあった。


ただ、その自然科学部の部長が学校を卒業してしまうと、さすがにそれまでと同じ協力も得られなくなった。代田真登美は生真面目ではあるが、人間的な面白みと言うか、人を惹き付ける才覚という面では及ばなかったのである。しかし二年に上がる頃には本人に対するイジメは鳴りを潜め、クラスメイトとの関係も、必ずしも良好とは言えないが険悪というほどでもなく、いわゆる<普通>の状態にまで落ち着いていた。


生徒会長としては人気のあった自然科学部の部長であったが、本人のオカルト趣味全開の部活動であった自然科学部についてはやや偏りが酷かった為かそれほど人気ではなく、部長の個人的な友人が大半を占めていた部員は同学年の生徒ばかりで、部長と共に卒業してしまい、部員数が足りなくなって廃部の危機に陥ったという経緯があった。しかし代田真登美はその生真面目さと空気の読まなさをいかんなく発揮して部員を集め、現在に至っているという訳だ。


そんな代田真登美だったから、クラスメイトの中でも比較的関係が良好な方だった生徒が不登校に陥ったと知るや毎日のように部活の後でその生徒の家に通い、他愛ないおしゃべりをして孤立を深めることを回避しようとしたのだった。


それが功を奏してその生徒は再び学校に通うようになり、また他の生徒が不登校に陥ればそちらの家を訪れるということを延々と行っていたのである。それが、サタニキール=ヴェルナギュアヌェの奸計を打ち破る有効な手段とも知らずに。


代田真登美は、不登校に陥った生徒達に、学校に来るよう促すことはなかった。あくまで他愛ないおしゃべりをしていただけだ。しかしその他愛ないおしゃべりを楽しむことによって、サタニキール=ヴェルナギュアヌェの薬物の影響により低下していた脳の働きが回復、気力を取り戻すことに成功したということだった。実に理に適った対処法だったのだ。


そうして代田真登美により気力を取り戻した生徒達が、今度は別の不登校の生徒達の家を訪れて同じように他愛ないおしゃべりをしてやはり気力を取り戻させ、それによって回復した生徒がまた他の生徒をという形で広がっていったというのが大まかな流れだ。


一方で、代田真登美程は大きな影響を与えなかったものの、近所で親が気力を失い子供の世話をできなくなったと知るやその子供を預かり自分の家で面倒を見るということを、玖島楓恋くじまかれんは行っていた。それによって何人もの乳幼児が命の危機を脱し、情報を得た児童相談所が動き、また子供の世話を通じて顔馴染みだった役所の福祉課の職員らもそれに協力、親のカウンセリングなどに乗り出していた。


それぞれの動きは決して大きなものではなくほんの些細なことに過ぎなかったが、同じように動き始めた人間達は他にもおり、それぞれが小さな働きではあっても確実に成果を収めることで、徐々に危機的な状況を覆していったのであった。生活保護を受けていた人間達の殆どが仕事に復帰。自らの力で生活できるまでになっていた。


とまあ、これがサタニキール=ヴェルナギュアヌェの一件の後で起こった事の大まかな顛末だ。誰かが大号令をかけるでもなく、何者かが強権を発動して強引に解決を図るでもなく、ただ何となく自然回復的に以前の状態へと戻っていったという感じだな。


私はその様子をただ見ていただけだが、いやはや、人間というのも意外と見捨てたもんではないなと思わされたよ。とは言え、社会全体があの一件以前より良くなった訳でなく、そのレベルにまで戻っただけではあったがな。何と言うか、サタニキール=ヴェルナギュアヌェというウイルスに冒されて病んだ部分が回復したということか。


それでも大したもんだとは思う。いや、地味ではあるが、案外面白いものを見せてもらったと言っていいだろう。


と私が物思いにふけっている隣で、月城こよみ共は私の家のリビングにクリスマスツリーなどというものを運び込み、皆でワイワイキャッキャウフフと笑いながら飾りつけを行っていたのだった。


「って、なんで私の家でそんなことをしている!?」


と怒鳴る私に対して月城こよみ共は、


「え~? だって、やっぱりここが一番みんなが集まる処だし~」


「ね~?」


などとほざきおった。その中には、新伊崎千晶にいざきちあきと千歳だけでなく、赤島出姫織あかしまできおりの姿まであった。


あの戦いの後、私の家に赤島出姫織を連れ帰った私は、まず風呂に入るように促してやった。素直にそれに従い風呂に入った赤島出姫織だったが、自分の体を洗いつつ泣いている気配が私に伝わっていた。


「う…うぅ……う……」


体は完全に以前の状態にまで巻き戻してやったものの記憶はそのままなので、その時された感触なども当然ながら残っている。それを洗い流そうとでもするかのようにこいつは泣きながらいつまでも洗っていたのだ。


私は服を脱いでそこに入り、黙って赤島出姫織の体を洗ってやった。しっかりと泡立てた石鹸を盛った素手でな。人間にはできない数多くの経験を積んできた私にしてみれば、どこをどんなふうに触れられれば不快になり、どんなふうに触れられれば心地好くなるかも分かっている。ああいう奴らがどんな風に体を弄び嬲り倒すかも知っている。だから奴らのそれとは全く違うかたちで触れてやった。こいつの記憶を上書きするようにな。


触れられること自体を恐れる山下沙奈には使えんやり方だが、赤島出姫織には効果覿面だった。ボロボロと涙をこぼしながら私に全てを委ねるように体を預けてきた。それを毎日続け、今に至ったということだ。


体は何ともないのだから、後は気の持ちようの問題だ。ただの悪夢と変わらん。そう思えるようになるまで慣らしていくだけだ。それが形になったという訳だな。私に感謝しろ。


なお、そうなる前に加勢するべきだったとか、記憶も消してやればいいとかいうツッコミは聞かんので、するだけ無駄だ。


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