シーズン10

解約

「神様仏様だいふく様……」

「ありがたやありがたや」


 俺とメリーさんは、ソファの上で丸まるネコにネコ缶とちゅーるを捧げて、跪いて両手を合わせていた。


「イギリスから帰ってきて最初にやることがネコを拝むことかい」

「いや、こいつがいなかったら手詰まりだったからな?」

「ありがたやありがたや」


 万次郎さんは呆れてるけど、こっちは至って真面目だ。

 何しろだいふくがロンドンのネコの国の王様、ニャールズ4世と知り合いだったおかげで、俺たちはロンドンのネコたちの協力を得ることができたんだ。あれがなかったらナチスの企みを見破れなかっただろう。


 しばらく拝んでいると、だいふくはニャアと鳴いてソファを降りた。よし、満足したな。


「何もわからん」


 横で見てた万次郎さんはさっぱりわかってないけど、フィーリングでいいんだよこういうのは。


「とりあえず事件は解決したってことでええの?」

「ああ。いろいろ迷惑をかけたな、万次郎さん。すまなかった」


 万次郎さんには今回もお世話になりっぱなしだ。襲撃してきた騎士団の後片付けや、俺たちがいない間の家の管理、各所への連絡、パスポートの準備などなど、裏方の仕事をいろいろやってもらった。頭が上がらない。


「ホンマ、海外にまで出張っていくのはこれっきりで勘弁してほしいで……とりあえず、パスポートは回収な。いつまでも持ってたら睨まれてまうから」

「はいよ」


 俺と雁金は借りていた偽造パスポートを万次郎さんに手渡した。


「メリーさんも」

「や!」

「何で……」

「かっこいい!」


 メリーさんはパスポートを返そうとしなかったけど、言って聞かせて何とか取り返した。


「アケミも」

「や!」

「何で……」

「だって戸籍だよ!? 身分証明書だよ!? 怪異には貴重なんだから!」


 アケミもパスポートを返そうとしなかったけど、ちゃんとした偽造戸籍を用意するって約束して取り返した。


 小道具は何とか処理した。後残っているのは……。


「これか……」

「これやな……」


 段ボール一杯の水のボトル。それが何箱もある。

 ナチス退治に協力してくれた新興宗教団体が配っている、ありがたい水だ。


 ものすごく怪しい水なんだけど、効果は本物だった。ロンギヌスの槍に刺された傷の痛みを和らげてくれたんだ。これがなかったらマトモに眠れなくて、体力を削られて倒れていただろう。

 ありがたいのは間違いない。助かったのも本当だ。だけど、事件は解決したからもういらないんだよ。


「まさかまだ送り続けてるとはなあ……」

「連絡して、配送止めてもらわんと」


 ナチスを倒してイギリス観光をしている間も水は送られ続けていたらしい。捨てるわけにもいかずに受け取り続けた結果、屋敷の一部が倉庫みたいになってしまった。


「連絡って言ってもなあ、どうすりゃいいんだろう」

「電話すればええんとちゃう?」

「俺、あの人の電話番号知らないんだけど」


 晴人さん、そもそもスマホ持ってるのかな。凄いお爺ちゃんだったし、使い方を知らないかもしれない。


「そんなん、本部の方に電話すればええんとちゃう?」

「……それもそうか」


 というわけで、水のサブスクを解約するために新興宗教団体の本部に電話することになった。電話番号はホームページに書いてあった。


《お電話ありがとうございます。初めてのお電話の方は1を、会員の方は2を押してください》


 自動音声が流れてくる。電話が多いのかな。とりあえず1を押す。


《入会をご希望の方は1を、セミナーの予約をご希望の方は2を、それ以外のお問い合わせの方は3を押してください》


 新興宗教って電話で申し込むのが普通なのか?勧誘する人が家に押しかけてくるイメージがあったけど。とりあえず、3を押す。


《事業についてのお問い合わせは1を、事務についてお問い合わせの方は2を押してください。もう一度お聞きになる場合は、#《シャープ》を押してください》


 あれ?


「解約が無い」

「初めての人だからじゃない? 解約は会員にならないとできないでしょー」


 確かにアケミの言う通りだ。って言うことは、俺は知らない間に新興宗教に入会してたことになるのか? 年会費とか払ってないぞ。

 もう一度電話をかけ直す。また自動音声が流れてきた。


《お電話ありがとうございます。初めての》


 2を押すと音声が切り替わった。


《セミナーの予約をご希望の方は1を、グッズのご購入をご希望の方は2を、寄付をご希望の方は3を、教祖様との面談をご希望の方は4を、それ以外のお問い合わせの方は5を押してください》


 グッズってなんだグッズって。この前行った時にロビーで売ってたお守りとか本のことか?

 退会の選択肢は無かったので5を押す。


《奉労の申し込みをご希望の方は1を、除霊をご希望の方は2を、お子様見守りサービスのお申し込みの方は3を、退会をご希望の方は4を押してください》


 お子様見守りサービスってなんだ。保育園でもやってるのか。気になったけど、目的は退会だから4を押す。


《本当に退会をご希望ですか? はいの方は1を、いいえの方は2を押してください》


 希望してるっての。


《年会費、グッズの購入費等、当会に支払ったいかなる費用も払い戻しはできません。それでも退会しますか? はいの方は1を、いいえの方は2を押してください》

「しつけえな」

「先輩、ホームページからも解約できるんじゃないですか? ほら、ログインページがありますよ」

「IDがわからないんだよ」


 雁金がホームページを見せてきたけど、そもそも知らない間に会員にされてるから、IDもパスワードも知らないんだよな。


《退会後、いかなる事故、事件、災害、病気、その他不利益な出来事が起こったとしても、当会は一切感知いたしません。退会以降、あなたに起こった出来事について当会は一切関係ないものとします。退会を取りやめる方は1を、それでも退会する方は2を押してください》


 1……じゃない2だ。最後の最後に入れ替えてきやがった。そんな引っ掛けを仕込むんじゃねえよ。

 どうにかトラップを避けると、最後の音声が流れてきた。


《退会の申し込みは電話では受け付けておりません。ご希望の方は、本部へ直接いらしてください》

「ちょっと待てぇ!?」


 自動音声はツッコミを受け付けず、そのまま電話は切れた。

 結局本部まで行かなくちゃいけないのかよ。今までの選択肢は何だったんだ。ただの時間稼ぎか? たちの悪いサブスクサービスの退会画面でも、ちゃんとした所をクリックすれば退会できるんだぞ。


「明日行ってくる! マジでふざけんじゃねえぞこいつら!」

「それはええけど、丸め込まれんように気をつけてな?」

「丸め込まれるわけがねえだろうが! ここまで人をバカにしやがって! 何なら詫びの品までせしめてきてやる!」


 もう本当に頭にきた。チェーンソーも持っていこう。ちょっとの事じゃ許さないからな!



――



 次の日。


「何か事務の手続きに時間がかかるんだって。元々タダだし、あと1ヶ月だけ受け取るって話になった。あ、これお詫びのお菓子」

「丸め込まれとるやないかい!?」

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