人虎(2)
検非違使の武藤さん。柔道の黒帯。
「いや、プロレスはちょっと別だよ。私にゃ無理だ」
御陵衛士の藤堂さん。北辰一刀流免許皆伝。
「組討は得意ですが、プロレスとなると……」
大阪府警の岡田さん。機動隊の隊長。
「よっしゃ、まかしとき。相手は……何、そっちの隊長の蝶野クンを倒したって!?
アカンアカン、それじゃウチが勝てるわけない!」
河童のムルタチ。モンゴル相撲の大関。
「相撲ならともかく、プロレスは分が悪いサラ。時間が立つと頭の皿が乾いて戦えなくなるッパよ」
竹林大明神。
「確かに背は高いけど格闘技は未経験だ。後、今採点で忙しいんだからね……?」
中国からやってきたプロレスラー、袁さん。
「その声は我が友、李徴子ではないか?」
「あの……今は人虎ってリングネームでやってるから……」
――
「だめだー」
みんなで片っ端から声をかけたけど、プロレスで戦ってくれる人はいなかった。たまに乗り気の人もいたけど、人虎の戦績を知ると無理だと断られた。最後の方、変なのも混じったけど、戦ってくれないことには変わりない。
ちなみに人虎たちは昼休憩中だ。白米と肉を中心に、体作りを目的にしたメニューだ。見学者扱いの俺たちにも振る舞われたけど、結構うまい。ボリュームも満点だ。
「やっぱり大鋸くんが戦うしかないんじゃないの?」
「だから勝てないって」
負けたら弟子入りだろ。しんどい。プロレスは少し見たことあるけど、やろうって気にはならないし。
どうしたもんかと考えていると、スマホに通知があった。LINE。知らない奴だ。いや知ってる。見慣れないだけだ。
名前は原木。この前の鬼の資格試験で知り合った受験者のひとりだ。あの時の飲み会でLINEを交換してたんだよ。
それで連絡は……『説明を頼む』。うん、いきなり『プロレスしない?』ってLINE送られたらそうなるよな。
とりあえず今の状況をメッセージで説明しておく。怪異を退治するためにプロレスをする。何も間違ってないんだけど本当に意味分からない説明だ。
しばらくすると返事がきた。
《条件がある。そっちで詳しい説明をしたい》
「おい、まじかよ」
「どうしたの?」
「条件付きで、プロレスしてくれる人が来たかもしれない」
「ええっ!?」
アケミがびっくりしている。いや俺もびっくりだ。ダメ元で頼んだかいがあった。
原木に今いる場所を送る。30分くらい経つと、原木は竹林にやってきた。結構近くにいたらしい。さっそく楓と小橋に引き合わせる。
「原木です。よろしく」
「検非違使の八雲楓だ。よろしく頼むよ」
「大阪府警霊中隊、隊長代理の小橋です。本日はよろしくお願いします」
軽く自己紹介をすると、原木は楓と小橋をじっと見た。
「検非違使に、警察。好都合」
「何が?」
「プロレスをする。代わりに、捜し物を手伝ってもらいたい」
「……モノにもよるねえ。埋蔵金を探してほしい、なんて言われても困るよ」
うん、埋蔵金はやめとけ。見つかったところでロクなものじゃない。
心配になったけど、幸いにも原木は首を横に振った。
「違う。探してほしいのは鬼の遺体だ」
「鬼……?」
「なんですか、それ」
楓も小橋は驚いてる。俺もだ。何だよ鬼の遺体って。埋蔵金よりも見つけづらいんじゃないのか。
「京都山中のある場所に、鬼の遺体が葬られていた。
俺はその鬼を毎年弔っていたのだが、今年、塚が壊され亡骸が無くなっていた。
誰かが持っていったのか、自分で歩いていったのかわからないが、これを探すのを手伝ってほしい」
「いや死体は自分で歩かないだろ普通」
「普通じゃない。だからありえる」
大真面目に返された。鬼を弔ってるってだけでもびっくりなのに、勝手に動くかもしれない死体なのかよ。何だ一体。
「……なあ、ちょっと待ってくれ」
楓が言った。
「それ、ひょっとして私たちが探してる墓荒らしと同じじゃないか?」
「……墓荒らし?」
「ああ。ここ最近、京都で埋葬されていた死体がいなくなるという事件が起こっているんだ。それも、死体が自分の足で歩くという形で。
化野では、一夜で100以上の死体がいなくなっているし、子供の死体を見失った親の幽霊が、飴を買いに店に並ぶという事件も起きている。
人と鬼という違いはあるけど、死体が無くなったことには変わりない。原木さんが探している鬼の死体も、同じ犯人が操って連れて行ったんじゃあないだろうか?」
確かに、死体を動かせるような奴が3人も4人もいてほしくない。多分、同じ犯人なんだろう。
しかし同一人物だとすると、犯人はマジで何を考えてるんだ。大量の死体に鬼の死体、またどっかの蔵に強盗に入ろうとでもしてるんだろうか。それともノリで集めてるだけとか? それはそれで怖いけど。
「よし、わかった。御父様に連絡して、鬼の死体も探してもらうようにしよう。
原木さん、探している鬼の死体というのはどんな死体だ? 特徴はあるかい?」
「うむ。身長は4m程で、首が無い。筋骨隆々で赤い肌だ」
「目立つねえ!」
目立つっていうか怪物じゃねえか。モンスターかよ。……鬼だったわ。
すぐに楓が検非違使の本部に連絡して、首無し鬼の動く死体を探すように頼んだ。それだけ特徴的ならすぐに見つかるだろう、っていう返事があった。これで死体探しの捜査は大きく進展するだろう。
「それで、交換条件なのですが」
「うむ、プロレスか」
小橋の言葉に、原木は頷く。それから、むう、と唸った。
「……プロレスか」
困ってる。いや気持ちはわかるよ。なんでプロレスなんだろうなホント。
原木はリングの方をじっと見ている。昼休憩は終わって、今は午後のトレーニングをやっている。さっきまではリングの上でスパーリングをやっていたタイガーマスク、もとい人虎だけど、今はひとりでリングに上がって、黙々と何かの動きを練習していた。
ロープに身を沈めて、反動で走り出して、リングの中央あたりで側転、そこから素早く前方倒立回転。逆立ちの姿勢からドロップキック。
なんか凄い動きになってるぞ。身体能力どうなってんだ。しかも人虎は首を捻っている。今の凄い動きが納得いってないらしい。
「ふむ。手強いな」
原木がポツリと呟いた。相手はプロのプロレスラーだから、手強いのはわかってる。
「勝てそうか?」
「一騎討ちなら、恐らくは。だが、苦戦するだろう」
原木は俺より背が高いし、体格もガッチリしている。体格だけ見れば人虎なんて一捻りだろう。
だけどそんなに甘くないことはわかってる。俺や原木と同じくらいガッチリした人間が、虎のマスクを被った弟子たち、
あいつらは人虎にプロレス勝負を挑んで負けている。霊中隊も戦える奴はほとんど全員あの中にいる。霊中隊は警察の特殊部隊だから、格闘技を身に着けているはずだ。
決して素人とは言えない奴らを、体格差を覆して勝つだけの実力が、人虎にはある。楽勝、とはとても言えない。
少しすると、人虎がリングを降りてこっちに歩いてきた。
「どうだい、『虎穴』ジムに入団する気になったかな?」
「いやあ、それはちょっと……」
「……そうだな。今、カッコイイ新技を見せて引き込もうと思ったんだが、上手くいなかなったからな。残念だ」
あれだけ凄い動きをしていたのに、納得の出来ではなかったらしい。
そして人虎は、隣の原木に気付いた。
「そして、この新しくやってきた彼は……」
「原木だ。一戦を所望する」
人虎は原木の頭から爪先まで、しげしげと眺めた後、満足気に頷いた。
「うむ! この人虎、例え鬼が相手だろうと逃げはせん!
向こうのテントに着替えがあるから、早速着替えてきたまえ! マスクもあるぞ!」
「……いるのか?」
「プロレスだからな」
釈然としないながらも、着替えに行こうとする原木。
「ちょっと待ってください!」
それを、霊中隊の小橋が止めた。
「どうした?」
「あの、プロレスをするのは結構なんですが、足りないものがあると思うんですよ」
「足りない? リングがあって、プロレスラーがいる。それ以外に何がいる? 金網か?」
「いえ、観客です」
小橋の言葉に、人虎は唸った。
プロレスは格闘技であると同時にショーでもある。観客のいないプロレスは味噌汁のないご飯みたいなものだ。だけどここは異界だから、観客を集めようがないと思うんだが。
「実は、さっきプロレスをやってくれる人を探している時に、『やるのは無理だけど見てみたい』とおっしゃった方がたくさんいたんですよ。
そういう方々を集めれば観客になると思うんですけど、どうですかっ!」
あー、俺が電話した奴らもそんな感じだったな。タイガーマスクが生で見れるなら、金を払ってもいいとか言ってた。そこまで詳しくはないけど、その筋の人たちからすると、タイガーマスクは伝説らしい。本物じゃないんだけどな。
「いやあ、そう言ってくれるのは嬉しいが……」
「どうせなら入場曲や、実況と解説もつけましょう! こちらで用意しますよ!」
小橋が随分と興奮している。ひょっとしてプロレス好きだったりする?
「うーん、でもお客さんを入れるにはちょっと狭いんだよな……」
人虎の素の呟き。確かにこの竹林は、リングとトレーニングのスペースだけでいっぱいになっている。ここに観客席を入れるのは無理かもしれない。
「なら、切り開きましょう!」
「どうやって?」
「チェーンソーで!」
小橋と人虎、それに原木の視線が俺に集まった。
……え、俺がやるの? 確かにチェーンソーのプロだけどさ?
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