洒落怖バンブーデスマッチ 前半

 人虎vs原木のプロレス興行はトントン拍子で話が進んだ。

 まず、客席のスペースは俺がチェーンソーで竹林を切り開いて作るって事になった。竹は地下茎を処理しないと1週間くらいで元通りになるんだけど、今回は1日だけスペースが作れればいいって話だから気にする必要はない。

 チケットは飛ぶように売れた。プロレスを頼んだ人たちが、知り合いを連れてやってくるらしい。河童とかいたはずなんだけど、あいつらも来るのか。怪異の退治屋と怪異が鉢合わせしそうなんだけど、会場で乱闘とか起きそうだ。


 あと、物販とかもやるそうだ。こういう時のために、『虎穴』ジムのオフィシャルグッズも作っていたらしい。Tシャツとか、タオルとか。今までこんな大々的な興行はやらなかったから、オフィシャルグッズは今回が初お披露目になる。プレミアとかつくのかな。

 そして対する『霊中隊』も、警察のグッズを販売するそうだ。兜を被った子供の2人組とか、密輸絶対許さない犬とか、ちょっと署まで来いマンとか、そういうマスコットキャラクターを使ったグッズが倉庫に残っているんだとか。


 そんなにノリノリでいいのか、と思ったけど、霊中隊の小橋には考えがあった。そのためには、プロレスの体裁を整える必要があるらしい。詳しい話を聞いたら、確かにこれくらいノリノリの方がいいって気になった。


 そして翌日、午前10時。


「雲ひとつない快晴に恵まれました、竹林スタジアム。本日は待ちに待った虎穴ジム争奪戦の日です。

 実況は私、小橋。解説は今回会場の整備を行ってくれた、チェーンソーのプロの大鋸さん、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 俺と『霊中隊』の小橋はリング横の長机で実況・解説をしていた。プロレスならこれは必要だろう、と人虎に言ったら、二つ返事でOKしてくれた。ちょろい。


「人虎が勝てば虎穴ジムの営業継続、挑戦者が勝てばジムの撤退。ジムの進退をかけた決死の戦いも、今回いよいよ20戦目となりました。

 この記念すべき戦いを一目見ようと、竹林スタジアムには大勢の観客が押し寄せています」


 リングの周りにはパイプ椅子が並び、観客としてメリーさんやアケミ、『霊中隊』の生き残り、虎穴ジムの門下生、あとチケットを買ってやってきた野次馬や、人虎が招待した恵まれない子供たちもいる。満員御礼だ。


 少しすると、リングへと伸びる花道の向こうで動きがあった。いよいよ人虎と原木が入ってくるらしい。


「さあ、準備が整いました。いよいよ選手入場です!

 赤コーナー。身長179cm、体重88kg。虎穴ジム代表。人虎!」


 竹林の奥から、赤いマントをなびかせて、人虎がやってきた。上半身裸で、下半身は黒いタイツ。顔は虎そのものだから、まさにプロレスを体現している。

 竹林に置かれたスピーカーからは入場テーマが流れている。タイガーマスクの曲って、こういう曲だったんだ。


「ウオーッ!」

「人虎ーッ! 人虎ーッ!」


 人虎の姿を見た観客席から歓声が上がる。特に門下生の盛り上がりが凄い。洗脳されている……。


「人虎選手、仕上がってるように感じますが、大鋸さんどうでしょう」

「記念すべき20戦目だからな。コンディションは万全だろ」


 昨日、リングで練習していた時よりも生き生きとしている。試合になると体調が良くなるタイプなんだろう。

 人虎はリングに上がると、マントを翻して四方を悠々と歩き、観客に手を掲げた。そして赤コーナーに上ると、観客の方を向いて両腕を掲げた。

 それに合わせて、リングの周りの装置から、白いスモークが吹き上がった。演出はバッチリだ。


「続きまして、青コーナー。身長191cm、体重99kg。鬼神サンダーバラキー!」


 人虎とは反対側の竹林から、白地に赤のラインが入ったコスチュームの大男がやってきた。頭には角つきのマスクを被っている。マスクにも赤いラインで模様が描かれていて、まるで鬼だ。

 鬼神サンダーバラキー。かつて京都を荒らし回った鬼神で、千年の時を経て京都に舞い戻った、という設定だ。コスチュームも設定も人虎からもらった。プロレスに本気過ぎる。一応、倒さなきゃならない敵なんだぞ?

 ちなみに入場曲もある。牧場みたいな曲かと思ったら、いきなり切り替わって乱闘のテーマになる有名な奴だ。選んだのは原木らしい。


「バラキー! がんばえー!」

「負けないでー!」


 メリーさんたちが応援している。……なんか、メリーさん3歳児くらいまでちっちゃくなってないか? 大丈夫?


「鬼神サンダーバラキー……経歴一切不明、本日初試合の謎のレスラー、ということですが。実力はどれほどのものだと思いますか」

「人虎にチャレンジするくらいだからな。相当できるだろ」


 戦えないと困るんだよ本当に。頑張ってくれ。


 バラキーが青コーナーについた。お互いマントを脱ぎ、戦闘準備を整える。審判がボディチェックをして、凶器なんかを隠し持ってないか確認する。

 まあ、プロレスをやるんだから、凶器を持ってる訳がない。逆に言えば、持ってないだけだけど。


「本日のルールは洒落怖バンブーデスマッチ。時間無制限一本勝負。3カウントのフォールを取られるか、ギブアップしない限り終わりません。

 また、リングはありますが、竹林内にいる限りリングアウトにはなりません。竹林を出た場合、即座に反則負けとなります」


 小橋がルールを説明する。ルール名は小橋が勝手につけた。何だよ洒落怖バンブーデスマッチって。竹林だからバンブーなのか。そしたら新幹線でやったら洒落怖新幹線デスマッチになっちまうぞ。


 そんなことを考えているうちに準備が整ったらしい。人虎とバラキーが、コーナーから離れて睨み合った。


「世紀の一戦、虎が勝つか、鬼が勝つか」


 そしてゴングが鳴った。


「始まりました!

 まずは双方、ゆっくりと近付いていって……両手を掲げて、がっちりと組み合いました」


 頭の上に掲げた手で押し合っている。小手調べ、っていうか力比べだ。2人の腕の筋肉が、山のように盛り上がる。

 しばらくは互角だったが、やがて人虎の背中が反り始めた。押している。バラキーが勝っている。


「ふんっ!」


 ついにバラキーが人虎をマットに転がした。人虎は、信じられない、といった顔でバラキーを見上げている。

 バラキーは人虎を見下ろし、両腕を体の前で曲げてポーズを決めた。モストマスキュラーのポーズだ。


「格を見せつけている! これが本当の筋肉だ、と言わんばかりに人虎を見下ろしている!」


 そりゃまあ、バラキーの方が体が大きいから力比べで勝つのは当然なんだけど、魅せ方が上手い。観客も大喜びだ。


「うおりゃっ!」


 人虎が立ち上がり、バラキーの胸に水平チョップを放った。肉と肉が、バチン、とぶつかり合う音が響く。


「ふんぬっ!」


 バラキーも水平チョップを人虎の胸に放つ。人虎が受ける。

 人虎が水平チョップを更に放つ。バラキーが受ける。バラキーが打つ。受ける。打つ。受ける。打つ! 受ける! 打つ!


「引きません! 両者一歩も引きません! 凄まじいチョップの打ち合いだ! 胸が真っ赤になっても止めない!

 皮が破れても、筋肉が千切れても、骨が折れても止まりそうにないぞーっ!」

「意地の張り合いだな。先に避けた方が負けだぞ、こいつは」


 さっさと避けろってツッコミはその通り。だけど避けたら相手の勢いに負けたってことだ。主導権を譲り渡すことになる。

 プロレスっていうのは単なる格闘だけじゃなくて、観客を魅せるショーの側面もある。受けの美学、なんて言葉があるくらいだ。痛いからって、ダメージがあるからって、そう簡単に攻撃は避けられない。


 意地の張り合いはベテランの方に軍配が上がった。執拗に放たれるチョップに耐えられず、ついにバラキーが下がった。


「どしたコラァ!」


 人虎がもう一発、と言わんばかりに両手で手招きする。バラキーが応じ、チョップを放つ。


「シャイッ!」


 一際重い一撃だが、人虎は崩れない。2連続でチョップを打っても倒れない様子に、バラキーがたじろぐ。主導権を握られた!

 バラキーが3度目のチョップを放つが、人虎はそれを掻い潜った。そのままバラキーの横を走り抜け、リングサイドのロープへ背中から飛び込む。

 ロープの反動を受けて加速した人虎は勢いをつけてジャンプし、両腕を顔の前で交差させ、バラキーに体当たり!


「フライングクロスチョップゥーッ!!」

「決まったァーッ!」


 空中殺法を得意とする人虎の十八番、フライングクロスチョップだ! バラキーの巨体が倒れる!


「ウオーッ!」

「いけえええ!!」


 初めての大技に観客も大喜びだ!


 起き上がった人虎は、すかさず倒れたバラキーに覆い被さった。フォールだ。この状態で審判が3カウントを取れば勝ちになる。

 だが、バラキーは1カウントで人虎を弾き返した。


「返した! バラキー、まだ倒れません!」


 まだ試合は始まったばかりだ。お互い体力は有り余ってる。

 人虎もバラキーも立ち上がり、再び睨み合いと打撃戦が始まる。今度はチョップだけではなく、パンチや掌底、蹴りも出る。


「しかし大鋸さん。思った以上にプロレスしてますねえ」

「そうだな。やっぱり、人虎はプロレスラーなんだろうな」

「と、言いますと?」

「単にケンカを売られただけなら自由に暴れられる。だけど、プロレスを仕掛けられたら、プロレスで返さなきゃならないんだろう。それがあの怪異の核なんだ」


 そしてこれが、原木が人虎に勝つための作戦の1つでもある。

 小橋が言うには、人虎と普通に戦うと人間離れしたスピーディーな打撃であっという間にボコボコにされるらしい。最初に人虎に挑んだ霊中隊の格闘自慢も、それで手も足も出なかったと言っていた。

 しかし、プロレスをやるとそうはならない。今みたいに力比べから始めるし、攻撃は全部受けてくれるし、観客の盛り上がりを気にしながら戦う。つまり、勝手に手加減してくれる。

 人虎はプロレスに逆らえない。そこに漬け込んで、本気を出させずにプロレスのまま倒そうっていうのが今回の作戦だった。


 そして、プロレスの枠内で他にもいろいろと仕掛けをしてある。


「おっと、バラキーが人虎の蹴り足をつかんで……ドラゴンスクリュー!?」

「うえぇっ!?」


 なんかバラキーが人虎の足を横にひねったと思ったら、人虎がきりもみ回転で投げられたぞ!?


「ドラ……え、今の技!?」

「ドラゴンスクリューですよ! 足をひねる勢いで相手を投げる技です!」

「プロレス詳しいな!?」


 靭帯を極められる前に人虎が自分から飛んで逃げたようにも見えたけど……まあ、技になってるならいいや。

 ちょっと戸惑ったバラキーだったけど、気を取り直して人虎をフォールした。だけどカウント1で弾き返される。するとバラキーは人虎の両足を脇の下に抱え込み、そのまま人虎の背中に乗った。


「海老反り固めだ! これは聞いているぞ!」

「グワーッ! グワーッ!」


 腰を逆方向に曲げられ、人虎が悲鳴を上げる。あれは痛い。


「ギブアップ?」

「ノー! ノー!」


 審判が聞くけど、人虎は耐える。

 ギブアップしそうにないと判断したバラキーは、海老反り固めを解くと、人虎をむりやり立たせた。そして、リングを囲むロープに向かって押し出した。

 人虎はバタバタと走っていき、ロープに体を沈み込ませる。弾力のあるロープの反動で、人虎がバラキーの方へ飛び出す。バラキーは丸太のような右腕を掲げて、人虎を迎え撃った。


「ラリアットォーッ!」

「これは人虎もたまらないでしょう」


 頭にラリアットを受けて、人虎がひっくり返った。勝負あったか。バラキーが人虎に覆い被さり、フォールする。


「1! 2!」


 2カウントで人虎が跳ね返した。決まったと思ったけど、まだまだか。

 ならば、とバラキーは再び人虎を立たせて、ロープに投げつけた。もう一度ラリアットを叩き込む気だ。


 ところが走ってきた人虎は身をかがめて、ラリアットの下を掻い潜った。

 そのまま反対側のロープへ飛び込み、反動をつけて更に加速、そして跳躍!

 驚いて振り返ったバラキーの胸に、両足を叩き込む!


「ドロップキックゥーッ! 人虎の空中殺法が炸裂だぁーっ!」


 倒れたバラキーに人虎が近寄り、左腕を両手両足で抱え込み、関節を決める。腕ひしぎ十字だ!


「オアーッ! オアーッ!?」

「ギブ? ギブ?」

「ノー! ノー!」


 脂汗を浮かべながら、バラキーは近くのローブに手を伸ばし、しっかりと掴んだ。


「ロープ! 離れて!」


 審判に止められて、人虎は腕ひしぎ十字を解いた。

 よくわからないけど、プロレスには技を掛けられてる間にロープを掴んだら離れないといけないってルールがある。人虎はそれに従った感じだ。


「プロレスやってますねえ」

「ベビーフェイスですねえ」


 バカにしてる訳じゃない。ベビーフェイスっていうのはつまり、善玉レスラーってことだ。正々堂々、ルールを守り、得意技で観客を魅了する。つまり、ますます動きを縛られたってことだ。

 逆にバラキーはヒール、悪役レスラーだ。ベビーフェイスを引き立てるため、憎まれ役に徹する役だが、そのためなら反則も許される。ルール上は許されないけど、プロレス上は許される。


「うおお……」


 バラキーは腕を抑えながら転がり、ロープをくぐってリング外へ脱出した。わざとらしくうめき声を上げながら、フラフラと歩いて時間を稼ぐ。


「コラッ。早く戻って!」


 審判に怒られても、バラキーはリングニ戻らない。一応反則なんだけど、今回のルールだとペナルティはない。存分に休める。

 人虎もそれはわかってて、リング中央でバラキーを睨みつけながら呼吸を整えている。


 リングの周りをフラフラ歩いていたバラキーが、実況席にやってきた。机に両手をついて、大きく息を吐く。

 俺はマイクの電源を切った。


「狙い通りだ。カマしてやれ」


 バラキーはニヤリと笑うと、リングに戻った。

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