洒落怖バンブーデスマッチ 後半

 十分に体力を回復させたバラキーは、ロープを潜ってリング上に戻った。

 待ち構えていた人虎が、バラキーの胸めがけてハイキックを放つ。バラキーは蹴りをくぐって避けると、人虎の横を抜けて後ろのロープへ走った。それに応じて人虎も逆側のロープへ走る。お互いにロープの反動をつけてロケットスタート!

 バラキーがジャンプして、両足を揃えて人虎に叩きつけた。


「掟破りのドロップキック返しィーッ!」

「得意技を真似された! これは効くぞ!」


 解説にも力が入る。しかし小橋は実況が上手い。やっぱりプロレスが好きなのか?

 バラキーは立ち上がると、ダメージに身悶えしている人虎の上半身を起こして、左腕で頭をガッチリと締め上げた。ヘッドロックだ。

 それだけでももちろん痛いけど……。


「おっと……!? なんということでしょう! バラキー、マイクを持っています!」


 バラキーの右手にはマイクがあった。さっき実況席に来た時に、俺が渡したやつだ。

 それを、左腕で抱え込んだ人虎の頭に振り下ろす!


「おーうりゃっ!」


 ゴガッ、と鈍い音が響く。普通に殴るより痛い!


「うりゃっ! おうりゃっ!」

「アーッ! グワーッ!」


 バラキーは何度もマイクを叩きつけ、その度に人虎が悲鳴を上げる。

 これこそがプロレスのヒールの醍醐味、ルール無用の残虐ファイト! 悪役という印象を客に植え付けて盛り上げるパフォーマンス! 普通のルール違反は止める人虎でも、プロレスとしてルール違反なら止められない。それが人虎の最大の弱点だ!


「反則! これは反則です!」

「Boooo!!」

「卑怯だぞー!」

「おいこらー! やめろー!」


 観客からブーイングの嵐! しかしバラキーは怯えもしない。

 悪役ヒールが板についている。ひょっとして本職のプロレスラーなのか? 似合いすぎてる。


「コラッ! ノー凶器! ノー凶器!」


 審判が止めに入る。しかしタイミングが悪かった。殴ろうと振り上げた腕が、審判の顔を直撃。


「グワーッ!?」


 審判は顔を抑えてうずくまった。お気の毒に。

 何度かマイクで殴った後、バラキーは人虎を解放した。人虎は頭を抱えてその場に倒れ込む。

 その人虎の足に、バラキーは自分の足を絡めて締め上げた。四の字固めだ!


「ア゛ア゛ア゛ーッ!」


 人虎がかなりキツそうな悲鳴を上げた。膝が折れそうな程の痛みを受けているんだろう。抜け出そうとするけど、四の字固めはガッチリと極まっていて動かない。

 すると人虎はロープに手を伸ばした。ロープを掴めば、関節技からは抜け出せる。そういうルール、だが。


「人虎がロープを掴んだ! しかしバラキーは技を解かない! 四の字固め続行だぁーっ!」

「審判が倒れてるからな」


 さっきの不幸な事故で、審判はノックアウト中。いくら反則をやっても怒られない。だからバラキーは容赦なく四の字固めを続行した。人虎はロープを握ったまま、辛そうな声を上げる。

 それでも人虎はギブアップをしない。しびれを切らしたバラキーは、四の字固めを解いてフォールしようとした。

 しかし、気付いた。審判が倒れているから、フォールしても意味がない。仕方なく、バラキーは審判を蹴り飛ばした。審判は中々起きない。


「お、おおおっ!?」


 観客が湧いた。何があった、と思ったら、倒れていた人虎がゆっくりと立ち上がっていた。凶器攻撃と四の字固めで大きなダメージを負っているが、瞳の中の闘志は未だ燃え尽きていない!

 気付いたバラキーが振り返ったが、遅い。間合いに入った人虎がバラキーへ後ろ回し蹴りを放った!


「ローリングソバット!」


 腹に強烈な蹴りを受けて、バラキーが顔をしかめる。だが、それで倒れるような奴じゃない。人虎に掴みかかり、コーナーポストめがけて投げつける! そしてその後を追って疾走! コーナーにぶつかった人虎をタックルで押しつぶすつもりだ!

 しかし人虎はコーナーにぶつからず、逆にロープとコーナーを蹴って跳躍! 空中で反転してバラキーの頭上からフライングボディプレスを見舞う!


「ブランチャーッ!!」


 190cmの巨体の更に上を取る空中殺法に、さすがのバラキーも驚いたようだ。ボディプレスに巻き込まれて倒れる。すぐに立ち上がるが、先に立った人虎がバラキーの背後に回り込んでいた。

 人虎はバラキーの両腕を背中側で固めて、なんか腕を複雑に絡めて動けなくさせて……バラキーの巨体が持ち上がった!?


「まさか投げるのか!?」

「身長190cmの鬼神を!?」

「ウオオッ!」


 咆哮。人虎の体がブリッジを描く。その上のバラキーは弧を描いて投げ飛ばされ、マットに叩きつけられた。


「タイガースープレックスだぁぁぁっ!」


 人虎はそのままバラキーをマットに押し付ける。ブリッジ体勢でのフォール! そういうのもあるのか!

 いつの間にか目を覚ました審判が駆け寄ってきて、カウントを取り始める。1、2、さ、返した! バラキーが足の反動を使って抜け出した!


「まだ沈まない! 鬼神はまだ倒れない!」

「投げてる最中に人虎の足がグラついてたな。さっきの四の字固めが効いてたんだろ。それで高さが足りなくなって、バラキーが生き残ったんだ」


 フォールから逃げられた人虎は、バラキーから離れてコーナーポストによじ登った。あそこから飛び降りてバラキーにとどめを刺すつもりだ。

 しかしバラキーが立ち上がって後を追い、ポストの上に乗った人虎を両腕で抱え込んだ。人虎はもがくが、鬼のようにぶっとい両腕のパワーからは逃れられない!


「おっとこれは技を阻止されて……」

「まずいなこれは」


 とうとう、バラキーがコーナーポストから人虎を引き剥がした。人ひとりを両手で抱え上げ、雄叫びを上げる。


「ウオオオオッ!」


 そして人虎をマットの中央へ投げ飛ばした。3m近い高さから投げ捨てられ、背中から落とされる人虎。大ダメージは間違いない。顔が苦しそうに歪んでいる。

 バラキーは人虎に近付くと、人虎の両足を脇の下に抱え込んだ。そのまま横回転を始める。これは……!


「ジャイアントスイングだ!」

「回っている! 回っている! 虎のメリーゴーラウンド!」

「バ・ラ・キー! バ・ラ・キー!」


 観客席からのコールを受けながら、3回転、4回転。人虎の体がミスミスと空気を切り裂く音が、実況席にまで伝わってくる。5回転、6回転までいったところで、バラキーが投げた!


「ウオオオァァァッ!」


 腕力と遠心力の合わせ技で、人虎が物凄い勢いで吹っ飛んだ。リング上に収まらず、勢いでロープの下を転がっていきリングアウトした。バラキーも投げた反動で後ろに吹っ飛び、ロープにもたれかかった。


「人虎が吹っ飛んだー!」

「これは決まりだな。無事で済むとは思えない」


 リングアウトした人虎は土の上でぶっ倒れてる。起き上がる気配はない。ギリギリの戦いだった。バラキーもロープにもたれかかって休んでいるほどだ。


「竹林デスマッチ、このまま決まってしまうのでしょうか!? バラキーがフォールすれば決着です!」

「タイガー! がんばえー!」


 メリーさんの歓声を受け、人虎が動いた。しかし、立ち上がれない。その場で無様に転が……おい?


「おい、リングの下に入っちゃったぞ?」

「おっとお……? 人虎がリング下に姿を消しました。これは一体どういうことでしょうか? まさか逃げたのか!? 敗北を認められないタイガーが巣に引きこもってしまったのか!」


 リングの下は確かに空間になってるけど、そこに逃げ込んだところでどうにもならない。むしろ、幕が張っててお客さんに見えないから、プロレス的にはマイナスのはずだ。

 一息ついたバラキーが、人虎にトドメを刺そうとリング外を覗き込んだ。しかし、人虎が見当たらないことに気付いて困惑する。


「ウワァーッ!?」

「おいおいおい!?」


 客席から驚きの声が上がった。何かと思って見てみると、みんなバラキーがいるのとは反対側のリング外を見ている。俺もつられてそっちを見た。

 誰かいる。虎の顔に人の体。人虎か。いや違う。背格好はそっくりだけど、黄色い虎じゃなくて黒い虎、いや、虎顔の上から黒い虎のマスクを被ってるだけだ。後、履いているタイツも黒色から青色になっている。

 えっと、黒い虎のマスクを被って着替えた、人虎……?


人黒虎レンヘイフーだ!」


 弟子レスラーのひとりが叫んだ。


「人黒虎!? なんだよそれ!?」

「ある時は人虎の敵、またある時は味方の謎の悪役レスラーだ! 詳しくは俺も知らないが、人虎がかつて所属したジムを奇襲して壊滅に追いやったとも、その時に生き別れになった人虎の兄とそっくりのファイトスタイルだとも言われている……!」


 いや、そもそも人虎本人じゃないのあれ?

 突然の乱入者に気付いたバラキーが振り返る。やっぱりビックリしている。その隙を逃さず、人黒虎はバラキーに駆け寄り、高くジャンプしてドロップキックを放った!


「ドロップキックゥー!」

「顔に当たったぞ!? どんな高さだ!」


 空を飛んだんじゃないかって思ったほどだ。バラキーは吹っ飛ばされ、ロープを飛び越えリング外に転落した。さっきまでの立ち位置が逆転した形だ。

 人黒虎はちょっと助走してからロープを飛び越え、そのままリング外のバラキーにフライングボディプレスを仕掛けた。立ち上がりかけていたバラキーに、筋肉の隕石が降り注ぐ!


宇宙飛行虎爆弾スペース・フライング・タイガー・ドロップッ!!」

「なんて!?」


 立て続けに二度も大技を食らったバラキーはフラフラだ。そんなバラキーを人黒虎は引っ張り上げ、リングに戻す……かと思ったら、バラキーを引きずってこっちに歩いてきたぞ……?


「おい、どけ」

「いやどけって、ここ俺らの席……」

「どけっ!」


 人黒虎が腕を振ると、机の上のマイクやペットボトル、資料なんかが吹っ飛ばされた。


「うわあ!?」

「危ねえな!?」


 慌てて机から離れる。人黒虎はバラキーを机の上に寝かせると、自分はリングに戻ってロープの上に乗った。


「おいおいまさか……!」


 言い終わる前に、人黒虎が飛んだ。再びの宇宙飛行虎爆弾スペース・フライング・タイガー・ドロップ。筋肉同士がぶつかり合う音。バラキーが寝かされていた長机が、衝撃と重量で真っ二つになった。


「おい反則じゃねえのかあれは!?」

「人黒虎はヒールレスラーなんだ! 毒霧を吐くこともあるぞ!」


 毒霧って何だよ人間じゃねえだろ!? いや、怪異だコイツ!

 そうこうしているうちに、人黒虎は倒れているバラキーをリング上に押し上げた。バラキーは抵抗もできずぐったりとしている。そして人黒虎はリングの下に潜り込み、姿を消した。

 少しすると、リングの下から黄色い人黒虎……じゃなくて、人虎が出てきた。まるでさっきまで気絶していたみたいにフラフラしている。

 リングに這い上がると、倒れているバラキーを見て驚いた様子を見せた後、慌ててフォールにかかった。

 審判がカウントを取る。


「1! 2! 3!」


 ゴングが鳴った。


「決着ゥーッ! 洒落怖バンブーデスマッチ、29分の死闘を制したのは人虎!

 ジャイアントスイングで万事休すかと思われましたが、突然の人黒虎の乱入に救われました!」

「おい、いいのかよこれ!?」


 観客の盛り上がりは……あれっ、割と盛り上がってる。


「ウオーッ! 流石は人虎だぜーっ!」

「人黒虎……一体何者なんだ……」

「しかしバラキーも強かったなあ」


 おい、誰も気付いてないのか? 人黒虎っていうか、マスクを被った人虎だろ? それともほんとに別人? 俺の目が悪いだけ?

 ただまあ、相手をしたバラキーも予想外に強かったから、乱入がなければ勝てなかったって評価になってるみたいだ。これで批判の嵐だったら、人虎の人気がガタ落ちするところだったから一安心だ。


 ……いや違うだろ。人虎に勝たなくちゃいけないんだよ今回は。プロレスが盛り上がったかどうかはどうだっていいんだよ。メリーさんもアケミも楓も、実況の小橋もプロレスに夢中で目的を忘れてるんじゃない。


 こうなったら準備していた最後の手段だ。盛り上がっている観客席の間を抜け、竹林の影へ向かう。

 そこには、この洒落怖バンブーデスマッチの会場を整えるのに使ったチェーンソーが隠してあった。


「人虎さん! 今回の試合はどうでしたか!? 非常に苦戦していたようですが……」

「ええ。かつてない強敵でした。パワータイプのレスラーとは何度も戦ってきましたが、空中殺法を受け止めてくる程のパワーファイターは初めてでした」


 リング上では人虎にマイクが向けられている。記者役は楓だ。あいつもすっかりプロレスの空気に飲まれている。ひょっとしたら、このプロレス異界の特殊効果なのかもしれない。俺が無事なのは……多分、

 シャツとズボンを脱いで、タイツとレスラーシューズだけの姿になる。後は顔に水性ペンで適当にメイクすれば、悪役レスラー『チェーンソーオーガ』の完成だ。


「途中、別のレスラーが乱入してきましたが、彼は一体!?」

「人黒虎です。私がかつて所属していたジムを壊滅させた、倒すべき敵です」

「今回は人虎さんを助けたように見えましたが?」

「……わかりません。彼の考えることは」


 人虎は相変わらずインタビューを受けているけど、のんきしてられるのも今のうちだ。

 プロレスっていうのは、しばしばリング外でも事件が起きる。その中でも印象的なもののひとつが、試合に勝った善玉レスラーを悪役レスラーが奇襲してベルトを奪うって事件だ。

 酷い話だけど、それも込みで試合を作っているらしい。襲われた善玉レスラーやその仲間がベルトを取り返すために勝負を挑む、ってストーリーができるから、観客も盛り上がるそうだ。


 いや、興行の事情はどうでもいい。肝心なのは、試合が終わってもプロレスは終わっていないってことだ。

 ここで俺が新たな悪役レスラーとして登場。竹林にわざと忘れておいたチェーンソーで人虎を襲撃し、負かす。そして京都から出ていってもらう。

 観客にはめちゃくちゃブーイングされるだろうけど、卑怯とか言ってられない。バラキーが勝ってればこんな事をしなくて済んだんだけど。


「今後の試合予定はどうするんですか?」

「それなのですが……『虎穴』ジムは解散し、私はここを離れようと思います」


 さあ、こっから逆転劇だ……って今なんて言った!?


「解散!?」

「はい。口惜しいですが、今回の戦いは人黒虎の乱入がなければ私が負けていたでしょう。己の未熟さを思い知らされました。

 私はまだまだ弱い。人に教える前に、自分が強くなる必要がある。北海道で山籠りをして、鍛え直して来ようと思います」

「プロレス辞めちゃうの、人虎?」

「私のプロレス魂は不滅です! ただちょっと、もっと魂を輝かせるために、磨いてきます!」


 観客の、やめないでー、とか、絶対帰ってこいよー、とかいう声を受けながら、人虎はリングを降りて、マントをなびかせながら花道を歩いていく。

 最後に、リングの方を振り返り、その場にいた全員に向かって宣言した。


「京都よ! 次に私が戻ってくる時は、この街そのものがリングだ!」


 そして人虎は竹林の奥に消えた。

 途端に、竹林の雰囲気が一変した。異界特有の粘ついた空気が薄れ、さらっとした風が竹の間を吹き抜ける。異界が消えて現世に戻ってきたんだ。

 ど真ん中に置かれていたリングや、端に片付けられていたトレーニング機材も消えている。パイプ椅子とか実況機材はそのままだ。あれは外から持ち込んだやつだからな。


 ……ってことは、人虎は本当に帰ったのか? プロレスやって満足したから? やりたい放題にも程があるだろアイツ!?

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