孤魂野鬼

 首無し鬼を滅ぼす方法が見つからない。

 検非違使のライブラリを調べてみたり、天狗に聞いてみたりしたけど、命が二重に守られている首無し鬼の殺し方は誰も知らなかった。

 一応、『金毘羅』の使用許可も取ろうとしたけど、使用目的を上手くごまかせなかった。申請用紙が1枚無駄になっただけだ。


 何の成果もなく夜になり、俺は羅城門に向かった。首無し鬼は相変わらず、羅城門の近くをあてもなくふらふらと彷徨っている。こいつさえ倒せれば。忌々しげに見上げながら、横を通り過ぎる。

 しばらく歩くと、大きな楼閣に辿り着いた。羅城門。京都大異界の南端に存在する建物だ。

 2階に上がると娘娘がいた。少し離れたところにいる首無しの巨人を見つめている。俺がなんとかする手段を見つけるまで、巨人の動きを見張るって話だった。


「何かあったか?」

「なんにも」


 巨人は大人しい。攻撃すれば反撃してくるけど、それ以外は通りをフラフラしているか、道路に座り込んでいるだけだ。頭がないからものを考えることができないのかもしれない。

 お陰で被害はほとんどない。だが、あまりゆっくりもしてられない。いつ何かのスイッチが入って暴れだすか、わからないからだ。


「何かいい方法は見つかった?」

「いや……」


 肩を落とす。せっかく期待されてるのに、応えられないのが申し訳なかった。


「まあ、1日2日で見つかるとは思ってないわよ。おいしいものでも食べて、少し休みなさい。

 鴨川沿いのクレープ屋さんなんかオススメよ。食べたことある?」

「いや、ない」


 気を遣われてるのがわかるから、ますます情けなくなる。いっそ今すぐ首無しに突撃して、返り討ちに遭いたい気分だった。


「……クレープ屋さん、って言ったら」


 ふと、なんでもないことのように、娘娘が切り出した。


「そこにクレープ食べに行った時、変わった人がいたわね。怪異を連れた悪い顔の男の人」

「何だそれ」

「人殺してそうな怖い顔なのにクレープなの。面白いでしょ」


 いやまあ確かにそれは面白いけど、気になるのはそっちじゃない。


「怪異を連れてたって、どんな怪異だ?」

「えーと、1人は金髪の女の子。もうひとりは日本人の形をした人形ね。

 あと、怪異じゃないけど、白衣の女の子も連れてたわね。ハーレムかしら?」


 その言葉を聞いて、背筋が粟立った。そんな格好してる奴は、いや、でも。


「……おい」


 震える手でスマホをタップし、フォルダから楓の写真を選択する。にかっと笑って、マグカップを片手にピースしている写真だ。


「その、白衣の女って、こいつか?」


 違ってほしい。そう思いながら尋ねる。


「ああ、そうそう、この子。知り合いだったの?」


 白色は白色でしょう、というような、当たり前の調子で答えられた。


「……俺の彼女だ」

「……あ、あらあら、まあまあ」

「なあ、どういう様子だった、教えてくれ。他の怪異が操ってたのか? 男はどんな奴だった? 詐欺に遭ってるとかそういうのじゃないだろうな?」

「落ち着いて、落ち着きなさい。私だって離れたところで見てただけだから……あ、でも」


 続く言葉に、俺は声を失った。


「男の名前はわかるわ。翡翠、って名前だった」

「……は?」


 その名前は。


「聞き間違いじゃないだろうな?」

「ないない。顔に似合わない可愛らしい名前だもの。笑うのを我慢するのが……ふふっ」


 娘娘が思い出し笑いしてるけど、そんなことはどうでもいい。

 その名前で悪人面、しかも女性の怪異を2人も連れてるとなると、ひとりしかいない。


「俺の兄貴だ」

「……そう、なの? ああ、そういえば名字が同じだったわね」


 娘娘が何か言ってるけど、それどころじゃない。

 兄貴がまだ京都にいる? 帰ったんじゃなかったのか。

 しかも、楓と一緒にクレープを食べてる? 俺だってまだ行ったことないのに。

 それに娘娘、なんて言った? ハーレム? そんなに仲が良かったってことか?


「いや、いやいや、そんなわけない」


 スマホをタップして、検非違使専用のアプリを立ち上げる。衛士の出動記録を検索して、楓がここ数日退治した怪異を見る。


「ほら、毎日仕事してるんだ。昨日だって溺鬼って怪異を退治してるし、その前も……」

「何も一日中仕事してるわけじゃないでしょ。仕事終わりにクレープで一服、ってこともあるわけだし。ちゃんと彼女さんと会って話してる?」

「……LINEは毎日交換してるし、昨日電話もした」


 娘娘は呆れた様子で溜息をついた。


「だから、『ちゃんと会って話してる』って言ったでしょ? 女子三日会わざれば刮目してデートに誘え、って言うじゃない」

「聞いたことない」

「……うん、確かに。今のは勢い余ったわ」


 娘娘が訳のわからないことをいうから、少し落ち着いた。楓に限って、そんな事があるはずがない。ただ、兄貴がまだ京都にいるのが気になる。


「なんで兄貴は京都に残ってるんだ? まさか怪異退治の手伝いとか、そんなお人好しなことするわけがない」


 この前の落月事件の時みたいに巻き込まれたならまだしも、今の兄貴は無関係だ。わざわざ怪異退治なんて危険を犯す理由がない。

 だから何故、と考えていると、娘娘が質問してきた。


「ねえ、あなたのお兄さんって、村のリーダーになろうとしててなれなかった人だっけ?」

「そうだけど」

「ってことは、今更リーダーになろうとしてるんじゃない?」


 その言葉に息を呑む。

 村の”暴力”一派の長になるために、京都の怪異を? そういえば、俺を村に戻そうとした奴が、兄貴をリーダーにする動きがあったって言ってた。てっきり断ったものかと思ってたけど、まさか兄貴、受けたのか?

 ……いや、それはありえない。兄貴は八尺様に狙われて、名前を棄てて村を出た。その時点で村との関わりは断ったはずだ。

 八尺様を倒したから、ちょっと村に帰るくらいならできるようになったらしいけど、本格的に村に帰るのは他の大人たちが許さないだろう。


「ほら、例のチェーンソーのプロの集まり。あの人たちのために京都の怪異をたくさん倒して、京都守護の仕事を奪おうとしてるんじゃない?

 それとも、楓ちゃんにも協力してもらって検非違使と村、まとめて乗っ取ろうとか?」

「楓がそんな事するか!」


 自分でも驚くくらいの大声が出た。娘娘が肩を竦ませる。


「……ごめん」

「う、うん。私も言い過ぎた。でも……」


 そこから先は言わなかったが、言いたいことはわかる。そうなるのは時間の問題、なんだろう。

 ふざけてるのか、兄貴は。村から追い出されておいて、今更戻ってきたかと思ったら、検非違使も楓も俺から奪うだと?

 ふざけんな。俺に苦しいところを押し付けておいて、おいしいとこだけ全部自分で持っていくのかよ。こっちがどれだけ我慢してるかも知らないで、自分勝手に生きている。羨ましい、妬ましい。

 楓も楓だ。よりにもよって兄貴を頼る必要はないじゃないか。検非違使だけで何とかするんじゃなかったのか? それとも俺が情けないから、やってられないって見限ったのか?


 ……ダメだ。考えれば考えるほど焦っちまう。こうしている間にも、兄貴が何かをしでかしているかもしれない。一刻でも早く、俺が何とかしなくちゃいけない。

 眼下の首無し巨人を見下ろす。あいつだ。あれだけの大物を俺ひとりで討ち取れば、誰だって俺を認めるしかなくなる。兄貴の出る幕はなくなるし、楓だって兄貴なんかを頼る必要はなくなるだろう。

 そのためなら手段は選ばない。何だってする。


「娘娘」

「なあに?」


 首無しを見つめたまま、訊いた。


「鬼神を取り憑かせる術、できるか?」

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